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「それ食べたら出てってください」
 古佐治の冷静な声が言った。二歹の手が止まる。
「……行くとこなんてない」
 二歹が呟くように言う。古佐治が訝しんで見た二歹の表情が、心に影を落とす。前々から感じていた違和感。二歹が隠すなにか。
「行くところがないって、あなた実家あるじゃないですか。仕事だって」
「仕事は、辞めた……実家にも帰りたくない」
 二歹の掴むフォークがあてもなく皿の上を彷徨い、身体を前後に揺すっている。
 話したくないなら聞く気もないし、そもそも関わりを持ちたくはなかった。けれど、目の前で言い淀む二歹を見て、聞かないわけにはいかなかった。
 三月の兄だからなのか、二歹自身に興味を持ったからなのか、古佐治は考えたくなかった。
「話してください。聞くから」
 古佐治の言葉に、それでもなかなか言い出さない二歹。古佐治はため息をつく。
「おれに優しくしないで」
 二歹は項垂れ、顔を手で覆って、嗚咽を零しながら言う。言葉とは裏腹に、身体は震えて小さく縮こまっていた。
「酷くして」
 縋るように言う声は、とても酷くして欲しそうには聞こえない。

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