37


 二歹の腕が顔をこすっているから、泣いていたのだろうと知る。上手く動かせない右手を穴から引き抜き、よたよたと起き上がってスウェットとパンツを穿きなおす。そのままどこに行くでもなく、壁を背もたれに膝を抱えて体育座りをする。そこを動く気はないようだった。
 それから少し経って、ガチャンと鍵の開く重い音がした。うとうととしていた二歹が顔を上げて扉を見たが、中から出てくる気配はない。
 二歹は痛む身体を堪えながら立ち上がり、ドアノブを捻る。
 意図もたやすく開く扉に泣きそうになった。
 玄関口には着替えとバスタオルが置いてあり、風呂に入れという古佐治の意思表示が見て取れた。それに逆らう意味もない。
 着替えとバスタオルを手に、風呂場に行くと鏡に映った酷い顔に笑った。
 外にいる間に思い出した沢山の事が、家にもう一度入れてもらい、古佐治の匂いに包まれることでどこかに吹き飛んだ。
 古佐治は信じないだろうが、二歹は、確かにどうしようもないほど古佐治の事が好きだった。

- 37 -


[*前] | [次#]
ページ:






戻る