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 独身男性が住むにはこ綺麗な作りのアパート。その一室の前で、二歹は裸足のままドアノブをガチャガチャと捻った。
 締め出しをくらった成人男性の姿は異様だったが、連休真ん中の深夜だったため人通りがないのが救いだ。こさし、こさし、小さく呟きながら、開かないドアに縋り付いている。
 子供の時に締め出しをくらった記憶が蘇る。10歳離れた弟が羨ましくて、妬ましくて仕方なかった。弟の小さい手から玩具を奪い、それを叱られても納得できなかった二歹は家の外に締め出された。
 一人っ子の王様となった頃に突然現れた弟。小さくて可愛い可愛いともてはやされている。それまでそこにいたのは自分だったのに。
 今もそうだ。
 弟が現れた瞬間から、欲しいものは全て弟の手の中にある。
 こさし、こさし……。
 今だって古佐治が欲しい、だけどそれさえ弟のもの。
 三月の代わりでいいなんて、そんな嘘よく言えたものだ。そこまでしたところで、手に入らなかった。
 止まらない自己嫌悪で、二歹はしゃがみ込み、蹲った。

 そんなに時間を置かず、ガチャリと扉が開く。小さく開いた隙間から靴が放り出された。二歹は反射的に扉の隙間に手を突っ込む。
「いぎいっっ」
 容赦無く閉めようとする扉に手を挟まれ、堪えられない悲鳴を上げる。ぎりぎりと押しつぶされ、それでも手を引けない。力の入らない手で扉を開こうとしても、敵うわけもない。
「いやだっあ、こさしっっ」
 痛みからくるものか、精神的なものか、泣きながら二歹が声を上げた。
「やだっこさし、やだっ」
 名前を呼んでも扉を閉める古佐治の力は弱まらなかった。
「おれのこと嫌いでいいからっ……ここにいさせてっこさし、こさし」
 二歹は咽び泣いて、懇願する。こさし、こさし。

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