小説 | ナノ


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06.菜の花畑と太陽論

とある古本屋に住む2人の少年シロとクロの話。




日射しが強いくせに肌寒いとある昼下がり。

シロが店で古本を漁りながら店番をする俺に、一輪の黄色い花を突き出した。

「クロクロクロ」

「なになになに。名前呼ぶの一回で良いから」

「これはなんでしょう」

「聞けよ。……菜の花?」

「ぶっぶー。正解は太陽でーす」


シロがいかにもしてやったりというにやけ顔で菜の花を揺らす。

俺は自分で思っていたより呆れきったような溜息を漏らして、店の奥に置いていた、俺の宝物入れと化した拾い物の古いランドセルから古い花の図鑑を取り出した。


「うわっ、クロ何その本売り物?カビくっさ」

「本当は売り物だけど。この本の着色がキレイで売り棚とは別にとっておいたんだよ」

「うわー、クロったらドロボー。密売。証拠隠滅。遺産相続詐欺!」

「はいはい、知ったばかりの難しい言葉を適当に並べるの止めような」


図星だったらしく、そっぽを向いてふてくされてしまったシロに苦笑して、図鑑の索引から菜の花を引く。

爽やかな花の香りまでしてきそうな鮮やかな黄色い花と、触ったら湿り気を感じることが出来そうな青い葉の写真が目に飛び込んできた。

シロが「あっ、太陽だ。太陽図鑑?」と身を乗り出す。


「草花図鑑です。えーっと、『菜の花とは食用の花の意味である』。菜の花って食用らしいな」

「えっ!食べるの?太陽を?」

「だから太陽じゃ…まあ、観賞用もあるみたいだけど」


シロは何がなんでも菜の花を太陽だと決めつけたいらしい。

もはや訂正もめんどくさくなった俺は、何やらショックを受けているらしいシロに問いかけた。


「何でそんなに驚いてるんだよ?」

「いや、火傷しないの?太陽食べるなんて」

「あのなあ」

「あっ、でも今オレが手に持つことが出来てるんだから実は熱くないのかな?」

「……そうかもシレマセンネ」

「うわ、大発見だ!『太陽は実は熱くない』……じゃあなんで一番最初に太陽を見つけた人は『熱い』だなんて言ったんだろうね?あ、見つけるも何も太陽なんて生まれた日から世界中の誰もが見るものなのか。じゃあ逆にずっとそこにあったものに誰が名前をつけたのかな?名前なんて無くても誰にだって認知されるのにさ」


シロがまたお得意の想像力を使って、俺には理解出来そうにない世界へひとりで飛んでいる。

俺は図鑑を閉じて丁寧にランドセルへしまい、店の外へシロを引っ張ると、頭が眩みそうなくらい日射しを溢しまくっている本物の太陽を指差した。


「シロ、いいか。実はな、あれが太陽だ」

「えっ…?クロ、まさか太陽が世界にひとつしかないなんて思ってないよね?」

「……はあ?」


ふいにシロに信じられない、という目で見られ心底気の抜けた声が出る。

何を言っているんだこいつは。


「何……」

「太陽がもしあれひとつだけだとするよね。そしたら太陽は誰を照らすの?太陽がひとつしかなかったら、選ばれたひとりしか照らせないよ」

「あのな、たぶんシロが思っているより太陽は大きいぞ」

「それに、太陽って追いかけてくるでしょ?オレが古本屋に帰った時も、太陽を拾った野原にいた時も太陽はずっとオレの近くにいたし」

「たぶんシロが思っているより地球は狭いぞ」

「狭すぎだよ」

「狭いんだよ」

「ふうん」

「太陽は世界にひとつ。英語でサン、フランス語でソレイユ、スペイン語でソル。そのすべてがこの太陽たったひとつを指す言葉だ」


シロは納得いかなそうに俺の説明を聞くと、「じゃあ照れ屋は太陽になれないってこと?世界中の色んな人と目が合うから」と言った。


「……うーん…まあ、そうなるか…?」

「そうかあ、太陽も大変だねえ…あっ、そうだ」


シロは太陽をまるで友達のような口調で労うと、突然俺の手を引き商店街の出口へ走った。


「は?何?」

「太陽のお手伝い!」


何を思ったのかシロは商店街を抜けさらにぐんぐん進んでいく。

普段散歩と称して店番をサボるシロに、どこまで遊び歩いているんだと思っていたがまさかこんなに遠くまで行っているのか、と予想を遥かに越えたシロの行動範囲に驚いた。

シロはたまに会う中年の女性や、道の隅にいる犬猫にまで挨拶をしながら俺が見たこともない草が一面生い茂る野原を抜け、さらに存在すら知らなかった澄んだ川を抜け、錆びた有刺鉄線を抜け、漸く足を止めた。


「はい到着!太陽畑です!」


シロが今まで散々引っ張ってきた俺の腕を離す。

息を切らしてじんじんとはりつく喉の痛みを無視して、俺は思わず目を見開いた。

辺り一面がまるで輝くような黄色の世界。

菜の花畑だった。


「うわ………」

「すごいでしょ?太陽の世界でしょ?」


シロが得意気に菜の花畑全部を抱き抱えるように両手を目一杯伸ばす。

いつの間にか夕方になっていた、今日一日俺らの街を照らしていた太陽が、菜の花畑と調和するようにどろどろのオレンジに溶けて沈んでいく。

菜の花もそんな太陽を受け止めるかのように光り、その様は俺の目にまるで勝者のトロフィーのように映った。

なるほどこれならシロが菜の花を太陽だと思うのが理解できる。


「シロ、さっきの菜の花ってここからとってきたものなのか?」

「そうだよ!太陽のお裾分け!」


シロが近くにあった菜の花を撫でた。


「そういえば、太陽を手伝うってどういうことだよ」

「あ、そうそう!あのね、太陽は今までずっとひとりで地球を照らしてきたんでしょ?」

「まあ、そうだな」

「だからお手伝いできないかなーって考えたわけよ」

「……そしたら?」

「太陽の友達をたくさん増やせば良いんだよ!ひとりの仕事も疲れもみんなで分割払いしたら太陽だって今より楽に」

「分割払いねえ…シロ、その言葉も最近覚えただろ」


シロは一瞬ぎくりと動きを止め、コホンとわざとらしい咳払いをした。

ああその咳払いの動作も最近覚えたんだろうな、と苦笑する。


「つまり!太陽の友達を増やせばいいでしょ?そしてここにはたくさんの太陽がある、ということは?」

「……菜の花と太陽が友達になればいいってこと?」

「ぴんぽんぴんぽん、大正解です!」


シロのぶっ飛び思考には世界で一番慣れきっていると自負していた俺だが、流石に今回のはぶっ飛びすぎて理解が100%追い付いていかない。

そもそも菜の花にも太陽にも意思はない。

そして、もし意思があって友達になったとしても大地にある菜の花と空にある太陽だ、手を繋げさえしない。


「たぶん、太陽は菜の花と友達になれない」

「なんで?太陽同士、仲良くなれると思うけどなあ」

「けど、友達になったって手も繋げないんだぞ」

「手を繋ぐことが友達じゃないでしょ。地上から応援だって出来るでしょ」

「シロさっき仕事を分割払いって言わなかった?」

「疲れも、って言いましたー」

「ああそう…」


俺がもうあまり見えなくなった夕日のオレンジに目をやると、シロが菜の花畑にしゃがんで花をちぎりはじめた。


「ちょっ、いいのかよ」

「いいのいいの。あのさあ、太陽はオレらを追いかけて来るでしょ?」

「正確には俺らじゃない」

「厳密にはオレらだよ」

「違うよ」

「そうだよ」

「違うって」

「そうなの!」


シロは立ち上がって俺を見た。

何だか泣き出しそうに見えた、たぶん夕日のオレンジが反射しているからだと思う。


「そうじゃなきゃ困る」

「なんで?」

「作戦が無駄になるから。太陽友達作戦」


真顔で言うシロの口から出た、まるでネーミングセンスの欠片もない作戦名に思わず吹き出した。


「何で笑ってるの!」

「いや、ごめん……ふふっ」

「ちょっと!」


完全に拗ねて菜の花をむしるように摘むシロに、愉快だなあと思いながら「で、作戦内容は?」と尋ねる。


「あ、そうそう。太陽はオレ達の周りをついて来るでしょ?だから、オレ達の近くに……そうだなあ、例えば店の入口近くとかに菜の花を置いておくとする、そしたらオレ達を追いかけて来た太陽が菜の花に気づいて友達になる」

「そしたら?」

「太陽に友達が出来る!作戦成功!」


シロがさっきの不機嫌はどこへやら、まるでもう成功したかのような晴れやかな声で説明する。

言ってしまえば、まるで穴だらけで突っ込み所満載の作戦だった。

また拗ねられても面倒なので笑いを押し殺し、辛うじて「素晴らしい作戦だね」と返事をする。


「あー、分かっちゃうかあ。この作戦の素晴らしさ分かっちゃうかあ」


シロが得意気ににやにやして、「そういう訳だから太陽集め手伝って」と引っこ抜いた菜の花の束を俺に手渡した。

俺は馬鹿馬鹿しいというふりをして菜の花を受け取り、家に何か花瓶の代わりになる入れ物がなかったか静かに思考を巡らせてみる。


色糸様提出 / 菜の花色



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