小説 | ナノ

■ novel┃back


03.狐の嫁入りと青空検証

とある古本屋に住む2人の少年シロとクロの話。





空。

青い空。

とにかく青い空に手が沈みそうだなと思っていると、シロが突然こう言った。


「ねえ、そんな高い所にいて、怖くないわけ?」


一体なんの事だと思ったら、どうやら小さなアパートの屋上にいる子犬に言ったらしい。

子犬はシロを見下すように一声鳴くと、くるりと迂回しどこかへ消えた。


「怖くないんだ。すごいねえ」

「お前さっきから何言ってんの」

「子犬と会話」

「出来ないくせに」

「出来るわけないじゃん」


そっちこそ何言ってんの、とシロが右手で黄色の傘を振り回した。

シロの言ってることが変わりまくるのはいつものことだ。


「天気予報では雨なんだけどね」

「ウザイくらい晴れてるな」

「ねえ、『ハレ』っていう響き痛そうだよね。おれは『腫れ』とか『貼れ』とか連想する」

「『貼れ』のどこが痛そうなんだよ」

「えー、うーん……粘着質なところ?」

「意味わかんねえ」

「逆に『アメ』はいいじゃん、『飴』とか『編め』とか美味しそうだし暖かそうだ」


勝手なことをいいながら、シロは犬がいた屋上をまだ見上げている。

下から見上げているので当然奥は見えないが、さっき走り去った様子からもういなくなったはすだ。


「もういないと思うけど」

「まだいるよ、多分」

「何でそう思うわけ」

「犬がそう言ってるから」

「犬と会話」

「出来るわけないじゃん」


シロがさっきと同じ流れで俺が聞くより先に答え、にやりと笑った。


「だめだなあ、クロは。バリアフリーが足りないよ」

「バリエーションじゃなくて?」

「そうそれ」


お前はバリエーションが豊富すぎるんだ、というか色々ころころ変わりすぎだと言おうとしたとき。


「あ」


ぽつり。


「雨!」


雨が降ってきた。

空を見上げると相変わらず青い空が見える。


「晴れてるのに降ってる?」

「これはあれだ、狐の嫁入り」

「狐の嫁入り!」


シロが声をあげた。


「狐が嫁入りするわけないじゃん!」

「言うと思った、狐が本当に嫁入りしてるんじゃなくて、晴れてるのに雨が降ってることをこう言うんだよ、名詞だよ」

「へえ、クロ物知り」


空から落ちる滴が髪を濡らす。

はやく傘さしなよ、と言うシロに生返事をしてもう一度空を見上げた。

本当に綺麗な青空だ、もしかしたら青空じゃないのかもしれないくらい綺麗だ。

そんな空から雨が落ちてくるなんてなんとも不思議な気分で、溶けきった砂糖菓子が一滴一滴とろりとろりと落ちてくるようなぬるい非日常を今体験しているような気がした。

ここは本当に世界なのか?


「やっぱり晴れは『貼れ』だね、粘着質。べたべたする」


シロが傘を開いたまま地面に置き、同じように空を見上げた。


「だけど『雨』は甘くも暖かくもないね」

「甘ったるくてぬるいな」

「空は綺麗なのにね」


でもこれ本当に青空なの?とシロが首を傾げたから俺は思わず吹き出しそうになった。

なんだかんだ言って考えてることは同じなんだ俺たちは。


「ねえ、どうせならもっと空に近いところで見ない?本当に青空なのか検証しよう」

「え」


シロはそう言うと、さっき犬がいたアパートにさっさと入って行った。

ぼろぼろのそのアパートは、インターフォンもエレベーターも無く、住居者でも部外者でも誰でも入られる作りになっていた。

あわててシロの後をついていき、アパートの廊下の突き当たりにあるコンクリートの階段をかんかんかん、と上っていく。

屋上の扉を開けると、アスファルトの香りと犬の鳴き声がした。


「あ」

「ほらね、やっぱりまだここにいた」


シロが偉そうに犬を撫で、犬も偉そうにシロに吠える。

なんだか似た者同士のようで口元が緩んだ。


「あれ、なんか」


雨止みそうだよ。

シロが呟く。

さっきまでぼろぼろ降っていた砂糖菓子は搾り取られたようにテンポを遅くした。


「もう離婚したんだ」

「何が?」

「狐」

「ああ、狐の嫁入りって通り雨みたいなもんだからすぐ止むんだ」

「で、また他の場所で嫁入りするんでしょ」

「名詞だっての」


知ってるよ、とシロが口を尖らせる。

それから空を見上げて、


「やっぱり、どうせどこで見ても青空だ」


シロがなぜか拗ねたように呟いた。


「だな、青空だ。はい検証終わり」


下りるぞ、と言おうとしたとき。

シロが濡れた街を見下ろして言った。


「ねえクロ、こんな高い場所にいても怖くないもんなんだね」

「え?」

「犬の話。やっぱり怖くなかったんだ、こいつもきっと綺麗すぎる青空にびっくりして本当に青空なのか検証しに来たんだ、きっとそうだ」

「俺はお前の呑気思考にびっくりしてる」

「………あ!」


しばらく砂糖菓子だらけの街を見下ろしていたシロは、何かを指差して声をあげた。

黄色い小さな丸。


「何あれ」

「傘だよ、傘、忘れちゃった!」

「え」

「うわあ、おれ開きっぱなしにしてたし帰り道と逆方面だし最悪!」


シロが取りに行かなきゃ、と犬を撫でて立ち上がり、俺は先に階段に足を下ろした。


「絶対傘に雨貯まってるよ、せめて閉じれば良かった」


シロの声が後ろから響く。

ここは本当に世界だ、いつもと何も変わりはしないとなぜか吹き出しそうになる。

砂糖菓子が貯まった傘を見てシロは何て言うだろう。

アパートから出ると青空が目に沁みた。

相変わらず現実離れした、世界のものじゃないような綺麗すぎる青に、こんな青空が世界にはあるんだと誰かに胸をはりたくなる。


「やっぱり青空なんだ」


シロが伸びをして傘へ走った。

俺は水溜まりに映った青空を踏まないように気をつけながら傘を拾ったシロに歩み寄り、さっき予想したのと全く同じシロの反応に吹き出すことになる。





Lips Drug様提出 / 「傘、忘れちゃった」




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -