ただの捻挫、病院に行くこともせず自分でそう考えたが笠松くんからの素っ気ないメールに行かなければならないと本能が言っていた。きっと行かなければ後に学校で叩かれる。それも、思い切り。女子にはしないと信じながらも、頭の片隅ではしそうだとか考えてしまっている。


「翔太ー、杏奈ー。ちょっと降りてきてー」


階下からの母親からの呼び出し。
しかし、それには行きたくなかった。私は、引越しの話なんて、笠松くんと別れなくてはならないための話なんて聞きたくない。
耳を塞ぎたいのに、その話を拒絶したいのに、出来ない自分に腹が立つ。自分の事をもっと嫌いになりそうだった。


「何だよ」


「引越しの日、決まったわ」


「いつだよ」


翔太と母さんの会話に静かに耳を傾ける。


「……早まっちゃってね、もう、2週間後にはしなきゃいけないの」


「はぁ!?ちょっと待てよ、夏休み頃とか言ってたじゃん!」


「だから、早まっちゃったのよ。ごめんね」


机を力一杯叩いて怒鳴った翔太は母さんを睨みつけけたたましく足音を音を立てながら自室に戻っていった翔太。
気持ちは、わかる。私も、大切なものができてしまったから。別れたくなんて、ない。


「母さん、話があるんだ」


「何?」


「私と翔太が卒業するまでここにいさせて欲しい。二人だけで構わない」


「……あなた、それは正気なの?高校生と中学生が?無理よ、それに貴史さんだって貴方達と暮らしたがってる」


「翔太も私も、大切な友人たちがいる。離れたくないんだ」


「向こうでだってできるわ!」


「それでも!……ここにいる人たちの代わりになる人なんていないんだよ」


「そんな……」


「頼むから、大人の事情で……引越しなんてしないで」


自分でも驚くほどの泣きそうな声が出た。
この話はきっと一番してはならない話。それでも私は言わなくちゃいけないから。翔太のためにも、そして自分のためにも。


「考えさせてちょうだい……ごめんなさいね」


「いや、私も……ごめん」


そう言って、階段を静かに登る。翔太の部屋の前を通るとかすかに聞こえた嗚咽の音。入って慰めたいと思ったが、こういう時はきっと何も言っちゃいけないのだろう。


「……ごめんね、母さん」


不幸を奪った私がまた不幸を呼んでるのかもしれないね。
でも、私はここにいたいから。ちゃんと、笠松くんに返事したいんだ。そのためには、ここにいなくてはならない。京都なんて、遠すぎる。


「だから、頼む……」


そう願って、ベッドにダイブした。

結局母親から帰ってきた返事は一緒に来なさい、その一点張りだった。
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