走って、さっき飲んだものを吐き出しそうになりながらも走った。会って何かが変わる?そんなの知ったことじゃない。
ただ、私が黙って笠松くんにどこかへ行かれたらとても苦しいということ。嫌だということ。黄瀬くんの一言で気付かされた。自分の立場になって考えてみると、無言でどこかへ行かれるなんて、そんなの酷過ぎるじゃないか。


「っ、はぁはぁ……ふ、くっはぁ。つ、ついたぁッッ」


もう、自分の部活は退部届けを出していて、体育館の前を通ると体が疼いた。あんなにも部活をしたくなくて、ゲーセンや家に逃げてゲームをしていたのに。
きっと、向こうに行っても私は剣道を続けるのだろう。
それよりも、笠松くんだ。走り出せば横腹がいたんだ。でも、そんなことどうだっていい。早く行って、覚悟を決めて京都に行こう。


「ッッ」


体育祭扉に体を預けて座り込む。まだ部活が終わるのは少々時間がかかりそうだ。少しだけジメジメしているこの季節。もう梅雨か、と空を見上げれば曇り空だった。雨が降るだろうと思った瞬間ポツリと鼻先に当たる雨。


「ッ、待って、ようか」


たまには雨に濡れて頭を冷やすのも悪くないかもしれない。でも、それは他人に迷惑がかかってしまうかもしれないので、少しだけ屋根のある部分に移動して座り込んだ。


「言いたく、ないなぁ……」


「何をだバカ!」


「う、わっ……笠松くん?」


「雨の中、何してんだよ。風邪引くぞ。体調管理くらい自分でしろ」


「……しているつもりだよ」


頭にかけられたタオルに驚きながら膝のあいだから顔を上げる。何故ここに彼がいるんだろうか。笠松くんは今部活をしているはずで、こんなところにいる筈がない。


「ったく……お前は阿呆か。体育館の中から見えてんだよ。…………迷惑かけねぇなら中入れ」


そう言って体育館の中に行ってしまった彼の後ろ姿を見て本当に実感する。
この人と、離れてしまうのだと。離れたくなんてなかった。でも、仕方のないことなのだと割り切っている自分がいる。でも反対に割り切れていない自分がいる。仕方のないことじゃないと思ってしまう。


「ありがとう」


少しだけ嬉しくなって、少しだけ泣きそうになった。彼の優しさが焦りを少しだけ鎮めてくれる。そんな気がした。


。。。


鍵を施錠して、職員室に届けに行った彼を校門の前で待っていた。彼のことだから気づかないだろうと思ってたが案外そうでもなく気づいて声をかけてくれた。それも、すまなさそうな顔をして。


「……待ってたのか、悪い。遅くなった」


「ああ、そうだよ」


自主練に入っても尚、体育館の隅に蹲っていた私。森山くんや他の部員たちが帰る中、私は笠松くんを待っていたからこそ、ずっとここにいたわけで。悪いなんて言われるようなことはしていない。むしろ謝るのは私のほうだ。


「いや、こちらの方こそすまない。部活中邪魔だったろう?」


「いや、まぁ、別に……」


「まぁ、気になったんだろ?少しは」


「そりゃ、まあ」


随分歯切れが悪いのはいつもの決まった一定距離よりも少し私が近づいてるからだろう。少しくらいいいんじゃないかな、と思ったからだ。


「で、なんか話でもあったんじゃねぇの?」


「ああ、そうだよ。笠松くん、先に謝ろう。


好きだよ」


「は……?」


自分で言っておきながら泣きそうになった。好きなのに、離れなくてはならないこと。笠松くんの隣に立つのは自分とは違う人だろうということ。そして私はそれを祝うのだろう。おめでとうと嘘の笑みを浮かべて。それでもいい、今は、もう彼に思いを伝えたい一心で。
関係が崩れてしまっても、もう話してくれなくなっても。離れる前に必ずこの言葉だけは伝えたかったんだ。
でも言ってしまえばあっさり終わってしまうものなんだと思った。そこからはもう恥ずかしさも欠片もない。伝えたかった言葉を素直に口にする。


「ずっと、君が好きだった。たぶん、笠松くんが私を好きになる前よりも、ずっとずっと前から。君が好きなんだ。言うつもりなんてなかったんだが、事情が変わってな」


「待ってくれ……つ、ついてけて、ないから……その、は?え、ちょっと…………っはぁ」


深呼吸している彼の顔は夕陽なんて出ていない、ただの街灯の下で、真っ赤に染まっていた。夕陽のせいだ、なんて冗談は言えない。
よほどパニックになっているのか、意味のわからない言葉を発して私に背を向ける。
こういう可愛いところも好きだなぁ。これが惚れた弱みと言うやつか。


「おっ前なぁっ、WC終わってからって!」


「それじゃあ、間に合わないから。それに先に謝ったろう?」


「何がだよ」


「引っ越すんだ。京都の方に」


私は一生君のその時の顔を、忘れはしないだろうね。
驚いて、困惑して、突ったっている君の顔を。
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