「何してるんだって聞いてんだよ」
「笠松には関係ないでしょ?」
「あぁ?」
「きゃー、怖い。何?こんなビッチが好きなの?」
「黙れ。それ以上何か言うなら黄瀬呼ぶぞ」
「!帰るわ〜どうぞごゆっくり」
流石にこの状況を見れば黄瀬くんならば正しい判断を下す。私が何もせず、反対に何かをされてしまったということ。
というかまず、彼ならこの現場を見た瞬間に全て悟りそうだから呼びたくないな。
「おい、平気か?」
「ああ、平気だよ。驚いたな、あんな顔ができるんだね女子相手に」
「うるせぇよ」
差し伸べられた手を取るのをためらった。仮にも私の体はかけられた水のせいでベタベタになっている。しかも、すっごく汚いであろう水。
「んだよ」
「汚いんだが、いいのか」
顔の前にある手を伸ばしたわけでもない。ただ、笠松くんが勝手に私の手をとったということ。笠松くんが、女に触れるようになっただと。
成長したんだな、彼も。
「よっと。……っ」
「……どうした」
「何でもないよ。今日は早退かなぁ」
「おい、お前足変だぞ。どっからどう見てもおかしいだろう」
「そんなこと、ないよ」
これ以上心配をかけたくなくて嘘をつく。そんなことよりも、黄瀬くんと笠松くんに謝らなければならないな。変な噂を流されてしまって。
しかし、私にも羞恥心というものはある。ビッチやらセフレやら言われて恥ずかしくないわけ無いだろう。恥ずかしくて死ねる程の恥ずかしさだったぞさっき。
「すまないな、笠松くん。噂」
「は?あ、ああ。気にして、ねぇよ」
「嘘つくなバーカ」
「なんだとお前……でも、俺も悪かったな。朝感じ悪くてよ」
「そんなもの、気にしてない」
そう言って歩きだそうとして一歩踏み出した瞬間鈍い痛みが足に走った。息を喉元に詰まらせたような感覚になる。うめき声なんか上げられなかった。何とかして歩いていかなくては。せめて保健室まで、自力で。
「おい」
「……笠松くん、何してるんだ」
「……ぶ」
「は?」
「おんぶしてやるって言ってんだよ!早く乗れ馬鹿!」
「は、はぁぁあああ!!!?」
「んだよ!早くしろよ!恥ずかしいんだよ!!!」
「こっちも恥ずかしいわ!!」
私たちはさっきから何をやっているんだろう。
笠松くんがいきなり前に出て背を向けたと持ったら前に座り込むものだから固まってしまう。そんなの、意識している異性におんぶなぞされるなんて羞恥を越して死にたくなるぞ。
耳まで真っ赤に染めながら怒鳴る彼はきっと、私よりも恥ずかしいんだろう。
「何で、笠松くんはそんなに優しいんだ?勘違いするぞ?」
「は?」
「だから、」
「足怪我してるやつ隣にいんのにほっとけるわけがねぇだろ」
「……汚いぞ」
「さっさと、乗れよ……」
素直におぶられる。
案外、暖かいものだな。おんぶなんて何年ぶりだろうか。十年程してもらっていないな。懐かしくて、笠松くんの首に回した腕に少しだけ力を込めた。
「お、おま!!?」
「んー、何だ?」
「うっせぇ……ばぁか……」
「さっきから何故バカバカと二人で言っているんだろうな」
「元はと言えば、お、お前だろ」
おんぶで校内を回るなんてこと、なかなかないぞ。いや、きっとある人なんてそんなに居ないだろう。呼び出された位置から正反対の場所にある保健室。
揺らさないようにゆっくり歩いてくれているのだろう。その分、時間が長く感じられた。
「そ、それと」
「何だ?」
「その、お前だから」
「へ?」
「や、やや、優しいとかそんなのわかんねぇ、けど……お前だからしてること、だし」
再び赤みをさしていく笠松くんの顔。ついに耳をも通り越して首元まで赤くなっていた。というか、体の体温も心なしか上がっている気がする。
「それは、私のことを意識している、と取っても構わないのか?」
「……おぅ」
「そうか。ありがとう」
本当はすごく嬉しくてにやけて来るのに、自分も思いを伝えたいのに。何故か、ここに来て引けてきた。
「敷島」
「ん?」
「その、えっと……今度ちゃんと言う。でも、今はバスケに集中したいからその、WC終わってからでもいいか?」
「何だそれ。……面白いな、本当に君は」
クスリと笑えば過敏に反応する彼の体。それから、肩口に額を押し付ける。悲鳴のような声が聞こえたが気にしない。今は、この時間だけを大切にしよう。
欲張らずに、中途半端に終わらせてしまうけど。
「笠松くん」
「な、何だよ」
「何でもない」
―好きだよ
その言葉を飲み込んで、私は笑った。保健室について、彼はテキパキとテーピングを足首と手首にしてくれた。それから、担任の先生を呼びにまで行ってくれた。今日は早退して病院に行けとのことだ。
保健室で、笠松くんは終始無言だった。ただ、話しかければちゃんと反応はある。だがその反応も、まだ会って間もない頃のああ、いや、そんな返事ばかり。でもそれでも、嬉しかった。
「笠松くんの想いがWCまで持つかな?」
「持つわ。阿呆」
「おや、酷いな」
「お前の方が、酷いわ」
「そう?」
「相手の想いくらい信じろ」
勿論、信じてる。でも、遠く離れてしまったら。信じてれると思う?きっと私は無理だ。
「ありがとう、笠松くん。こんなところまで肩を借りてしまって」
「俺が好きでやったんだ。気にすんな」
「うん。じゃあ、また」
「安静にしろよ」
「わかっているさ」
仕事から抜けた母親が車で迎えに来てくれた。車に乗り込む。笠松くんは車がきっと見えなくなるまでたっていてくれたんだろう。私が見たところ、そう思えた。
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