side:R.K
昨日はごめん、そんなことを言った目の前の先輩の目はどこを見ているのか分からない、死んだ魚みたいな目だった。
「いや、気にしてないんで平気っス」
「そうか……それじゃあ」
余りにも覇気のないその声に、背中に、目が釘付けになって気づいた時には先輩の腕を掴んでこう言っていた。
「今日、行こうっス!」
「え……?」
「クレープ!昨日ドタキャンしたっしょ?」
にこりと微笑めば力なく笑い返した先輩はああ、とだけ口にした。
帰る時間だったということもあって、スクールバッグも片手に下げていたわけだしそのまま手を引いて無理矢理にでもクレープに連れていくのだった。
「何にするんスか?」
「え、まだ決まってないんだ」
男勝りな口調なのに、こういうところは女子なんだなと改めて知らされる。模型でも、本物のように作られた食品サンプルを見て目を輝かせているのだから。やはり、そこらの甘い物好きのオンナノコと一緒。
「はは、ゆっくり決めてくれて構わないッスから」
「いや、すまないな。甘い物が結構好きで」
「やっぱ、そういうところが女の子は可愛いっスよね」
「こら、黄瀬くん。そんなこというから女がゴキブリのように寄ってくるんだぞ」
「ゴ!?!?」
この人一応女子だよね?天敵だよね?アイツ、人類の天敵だよね?口にするのだけでも躊躇われるあの茶色い奴を普通に口にしたよ、この人。ある意味本当に尊敬するわ。
しかも、女の子をG呼ばわりってどうなの。この人、本当に類希な女子だわ。
「でもなぁ。勝手に口から出ちゃうんスよね」
「あー、癖か。ダメだぞ、そんなんじゃ余計によってくる」
「そうっスか?」
「そうっス」
「ちょ、真似してないで早く決めてくださいよ」
決め顔をしながら目の前で笑っているその人は敷島先輩。笠松先輩が唯一話せる女子。いつもコロコロと表情を変えていて結構可愛い人だ。性格が可愛いのであって顔は美人である。そんな人が空元気だとわかるほどに元気がない。
「すまないすまない。決まったよ」
「ん、どれっスか?」
「イチゴチョコカスタードクリームデラックス」
「名前なっが!」
「ああ、よく噛まずに自分でも言えたなぁと思った程だ」
「じゃあ、頼んで来るんで先輩は席取っててください」
「了解だ」
背中を向けて歩いていった先輩を見てやはり何かあったのだな、と思ってしまう。きっと、彼女の顔は今歪んでいるのだろう。無理に連れてくるべきではなかったか。でも、気分転換にと思ったんだけど。反対に負荷をかけていたらどうしようか。
「ご注文は……ってきゃー!キセリョ!」
「そうっスよ。でも今はオフなんで静かにお願いしますっス。オーダーお願いできるっスか?」
「あ、はい!何にしますか!」
そう言えば彼女は初めて会った時から彼女の目に写っているのは笠松先輩だったなぁ、と思い出して先日言っていたことを思い出す。
―友達を応援したいんだ
笠松先輩のことが好きだという友達を応援したいといいながら本人は気づいていないのだろうが少しだけ眉を顰めていた。
「どうぞー」
「どもっス!」
そっか。
「気づいちゃったんスね」
恋なんてあまり自らしなかった。でも、されることなんか日常で当たり前で恋に疎いわけではない。だからこそわかる。多分彼女は初めから好きだったんだ。
あの女嫌いで熱血漢で、男らしくて部活一直線な笠松先輩が。
「お待たせしました〜」
「ありがとう」
「どう致しまして!はい、イチゴチョコカスタード……何とか」
「ぶはっ!長過ぎるだろ。でも、私ももう覚えていないよ」
「いやぁ、誰だってそうっスよ」
吹き出した彼女はクレープ片手にいただきますと言って頬張った。美味しい?と聞けば美味しい!と返ってきて、まるで子供を相手にしている気分に陥った。
「先輩」
「んー?何だ?」
「テスト終わったら《狩り》行かないっスか?PSPで」
「お、行く行く」
ああ、きっと笠松先輩の隣はは敷島先輩みたいな人にしか似合わねぇっスわ。
そう何故か実感した。
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