あの日、つまり肩を借りた日から、笠松くんを私は意図的に避けていた。流石に神経が図太 いと言われる私でも、他人の前で泣いてしまったのは結構、恥ずかしい。テスト週間、そのせいもあって部活もなければ帰る時間が同じなわけでもない。
「杏奈!笠松がさー」
そう言って私の前で話す智香。彼女の事を応援しながらも、話を聞けば少しだけイラりとする。私はその智香の大好きな笠松くんで悩んでいるのに、幸せそうに話しをするのだ。
笠松くんが変わったことと言えば前よりも女子と話すようになったと言うこと。距離はそりゃ一定でないと話してくれないようだが。彼も成長しているということだ。触られると二日ほど目を合わせてくれないらしいが。
「敷島先輩ー」
『わぁっ』
クラス女子の黄色い悲鳴とともに合わられたのは黄色い頭。この間、といっても1週間経っているが。
「黄瀬じゃないか。どうかしたのか?」
「敷島先輩に用事っス」
「やぁ、黄瀬くん。そして森山くんどこうか」
「どういうことだ?お前は笠まふぐぅっ!?」
「何を言おうとしたんだ、森山くん?」
何故かその名前を聞きたくなくて、森山くんの口を塞いだ。それはもう、勢い良く。だから、少しだけ痛かったかもしれない。
笠松くんの名前を出そうとした森山くんが悪いのだ。
「で、黄瀬くんどうした?」
「クレープ、行きません?」
「おー、嬉しいな。覚えててくれたのか?」
「もちっス。それと、先輩には内緒っスよ〜?奢れとかあの人言うから」
「私は例外か?」
「先輩のは約束っスからね!」
親指を立てて笑った黄瀬くんのせいで黄瀬くんファンはぶっ倒れていた。このままいけば明日は質問攻め間違いなしだな。智香もニヤニヤして、楽しそうな顔をしている。
「黄瀬ェ」
「げ、先輩」
「げって何だよ!」
「いてぇっ!」
決して小さいというわけではないが、笠松くんは黄瀬くんに比べると小さい。だからだろうか。黄瀬くんの後ろにいた彼は私には見えていなかった。
そして咄嗟に私は隣に立っていた森山くんの後ろに隠れた。
「敷島?」
「ちょっと、」
「見えてんぞ、敷島!テメェ、散々俺を避けやがって!」
黄瀬くんに今日は無理だという事を伝えておかなくちゃな。カバンを引っ掴んで後ろの扉から逃げるが勝ちと言わんばかりに私は全力で教室から逃げ出した。
「ちょ、待てよ!」
「黄瀬くん、また明日!すまない!」
「あー、まぁ頑張ってくださいっス!!!」
「ありがと!」
「黄瀬ェ!後でシバく!」
「……っス」
前回とは逆の立場。今度は私が追いかけられる側だった。来ないで欲しい、そう願いながら走っていたのだろうか。あの時、追いかけられていた彼はそう思っていたのかもしれない。
*****
「ッ、ハァ、ハァ……クッ」
吐き気がして膝に手を置き呼吸を整える。息を吸う度に胸が、横腹が痛い。
「もう、へばったのかよ」
「うる、さい、よ、笠松……くん」
「なんで避けんだよ」
「ほっといて、くれないか」
しゃがみこんで頭を抱える。
影がさしたことで顔をあげた。笠松くんの顔はきっと怒っていて、眉間にしわを寄せているのだろう。逆光で顔なんて見えないけどきっと。
「お前、何?」
「何が」
「俺は何かしたのか?」
「……別に」
その言葉を言って顔をあげた瞬間すごく後悔した。なんで私は彼にこんな顔をさせているんだろうか。泣きそうな、怒ってるという顔ではなく、悲しそうな顔。
何で、そんな顔をするんだろうか。
「何で、」
「それは俺のセリフだよ!お前なんなんだよ!見ててイラつく!もうそんな顔すんなら俺の前に現れんな!!!」
「!」
何で、こんなにも痛いのだろうか。何かがとても傷んで、苦しいのだろうか。
背を向けて歩いていく彼の腕を掴んでしまいたい衝動にかられた。
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