「杏奈ちゃん、だよね」
その人は突然学校に来た。まるで私の帰る時間を知っていたかのように。
雪平さんだった。
「何故ここに……」
「今日はお話をしたくて……時間あるかな?」
「……はい、まぁ少しなら」
「じゃあ、いい?車の中で話そう。送っていくよ」
優しそうな、若い人だった。背の高い、顔はカッコイイという部類に入るだろう顔。黄瀬くんには及ばないだろうが。まぁ、当たり前か。モデルと一般人を比べても、だな。
「あれだよ」
黒い車を指さして、鍵を開ける雪平さん。
タバコを吸わないのか、タバコ臭くはない。タバコ臭いのを覚悟していたんだが、見た目通り吸わないらしい。はっきり言って童顔だからな、雪平さん。
「あの」
「ん?」
「雪平さんは、何故母と?」
「ああ、弥生さんとは会社で知り合ったんだ。同じ会社でね。付き合っていたのも本当はだいぶ前からなんだ」
弥生、というのは私の母の名前であるがまさかだいぶ前からだとは思っていなかった。
それから、雪平さんのフルネームは雪平貴史というらしい。初めて知った。好きな食べ物はラザニアだとか、実は甘いものが大好きでケーキ屋さん巡りをするだとか。
そんなどうでもいいことを話した。
「最後に」
「はい 」
「杏奈ちゃんは、俺が君のお父さんになればその言葉使いは直るのかな?敬語じゃなくて、君の普段の。弥生さんから言葉使いについては聞いているんだ」
ちょうど私の家の前の出来事だった。
「ありがとうございます、送ってくださって。お気を付けてお帰りください」
シートベルトを外して扉を開ける。雪平さんの静止は聞かずに車から降りて扉を閉めた。
何故、そこまで話さなくてはならないのだろうか、私は、私は
「ぁ……」
頬を伝って落ちていったのは紛れもない私の涙であり、泣いていることを物語っていた。
本当はわかっていたんだ。
「ッ……ぅ」
父親ができてしまえば私の存在なんていらないんだと。
家事をこなさなくてもいい。ご飯も洗濯も、全部。この男のような話し方だって父親がいないから、自分がかわりになるんだ、という子供の単純思考から来たもの。俺と言っていたが流石にそれではダメだろうと母親から言われたから直したが。それでも、言葉だけは直さなかったのは私なりの償いだったのかもしれない。父親の代わりになって家族を守ろうという、浅はかな考え。どうせ、何もできないのに。
「どうせッ、どうせッ!」
道端で泣く女子高生。笑いものだな。
「敷島?」
「!!!!!」
「どうしたんだ?」
後ろからかかった声に体をびくつかせた。直ぐに頬を伝っている涙を袖で無理やりこする。鼻をすすればもう一度名前を呼ばれた。
「敷島、泣いて」
「泣いてないっ」
「だったらこっち向けよ!」
日は長い。赤く染まっている空のせいで、私の顔は笠松くんに丸見えだろう。せめて、暗ければ誤魔化せただろうに。
「離してくれ……!」
掴まれた腕を振る。その間も、生暖かいソレは頬を伝い地面に落ちる。笠松くんが滲んでボヤける。腕を掴んでいたその力が弱まり重力に従って落ちる腕。
「すまん」
その声とともに視界が真っ暗になった。首に手が回されて引き寄せられたその先は笠松くんの肩である。灰色のブレザーに私の涙が染み込む。
「何して」
「肩くらい、貸す。泣きたきゃ泣けばいい。女なんだから」
【女なんだから】その単語にどう足掻いも私は女でしかないのだと。そう自覚したと同時に笠松くんのぶっきらぼうな優しさに涙腺が緩んで声を殺して泣いた。
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