※シリアスです









父型の実家には大きな道場があった。父さんの父さん。つまり祖父のものだ。父さんも祖父もそこを大事にして守ってきた。母さんも姑、つまり私の祖母とは仲が良かったし、祖父とも上手くやっていた。傍から見れば、いい夫婦だったし、いい家族だった。そんな家族を壊したのは私。翔太を一人にさせたのも、母さんにさみしい思いをさせたのも、祖父母の大切な一人息子を亡くしたのも、私のせいだった。
ただ、遊んでいただけなのだ。少し、気まぐれで父さんのいうことを聞かなかっただけ。それだけで、惨事を引き起こしてしまった。


「嫌だ!帰りたくない!」


「もうお姉ちゃんだろう?早く帰らなきゃママが怒るぞー!」


「いいもん!杏奈、帰らない」


「おねーちゃん、帰ろーよー」


「まだ遊んでる!パパと翔太は先帰ってて」


そう言って父さんの静止も聞かずに道路を横断しようとして飛び出した。子供の割に大人びていたが妙に変な部分では子供っぽいと言われた。この日、父さんが私の代わりに死んだ。車にはねられて、即死。耳の穴と鼻と、血が出ていて、目は血走っていた。そんな父親を見ていられなくて、逃げ出してしまった。すぐに保護され話を聞かれた。小さな子供に言えたのはこれだけだった。


「車が来て、パパが私を庇ってくれて、私がね、わるいの。だってパパの言うこと聞かずに道渡ろうとしたから、だからね、パパは悪くないの。車運転してた人も悪くないの。怒らないであげてね?」


一切、何も理解していなかった。この時はまだ父さんも生きていると思っていたし、ごめんなさいと言えると思っていた。でも、実際言えなかった。次にあった時には顔に体に、真っ白な布を乗せて寝ていたのだから。
呼んでも呼んでも、反応してくれない父さん。そこでようやく小さい脳味噌で理解した。私が殺したのだと。
死体にしがみついて泣いている祖母と母さん。翔太も少し泣いた跡がある。祖父に関しては帽子を突かくかぶり壁に持たれているのだから、表情は伺えなかったが、悲しんでいるのは確かだった。


「ごめんなさい」


その一言を父さんに伝えるつもりだったのに、現実とは案外残酷にできている。起こってはいけないことが起こるのだから、つらいのだ。


*****


「母さん、その方は」


帰ればリビングから普段聞きなれない、低い男性の声が聞こえた。明らかに翔太の声ではない。下を見れば男物の革靴。
中に入るとやはり見知らぬ男性。


「ああ、この方はね、雪平貴史さんっていうのよ」


「雪平さんとはどういう関係なの?」


耳打ちをすると微笑みながら小さくこう答えたのだ。鈍器で頭を殴られたような感覚に陥ったよ。


『結婚しようかなーっなんて』


ああ、父さんのことを乗り越えてくれたのだなぁ。そう思う度に違うと思わさせられるのだ。乗り越えられてなくて、淋しいのだろうかと考えてしまう。目の前にたっているスーツを着ている男性は齢40というところだろうか。母さんとは10ばかり、歳が離れている気がする。


「雪平貴史です。よろしくね、杏奈ちゃん」


「ええ、宜しくお願いします」


母が幸せならそれでよかった。家族ができるのならそれでよかった。翔太が一人にならなければ、母さんに負担が掛からなければ。でも、できるのならば私は放っておいて欲しかった。


「そう、それでね!京都の方に、引っ越そうかと考えてるの」


その言葉を聞いて、二階にいるはずの翔太の部屋に駆け込む。そこには部屋を暗くして壁に凭れ携帯を弄っている翔太の姿があった。座り込んでいて、暗い中携帯のディスプレイの明るさだけが翔太の顔を照らしていた。ああ、翔太も引越しの話を聞いたんだとすぐにわかった。


「翔太」


「姉ちゃんはいいのかよ」


「え?」


「引越し。いいの?」


本音を言ってもいいのだろうか、そうやって迷って下唇をかんでいたら下から聞こえたのは小さな声で翔太が何かを言った言葉だった。


「俺は、嫌だ……」


大人はいいのかもしれない。だが、私たち学生にとっては嫌なことだ。どうでもいいことではない。友達や教師。いい人達に出会えたのに何故、大人の事情で何故別れなければならない。そんな考えが頭を過る。母さんの幸せを望み、祝ってあげなくてはならないのに、父さんのようにしっかりしなくてはならないのに、祝えない、離れたくない。父さん以外の他の男性と住むなんて嫌だ。


「姉ちゃんがそんな口調なの、責任感じて、だろ」


「え?」


「父さん殺したのは自分だとか思ってんだろ?」


翔太の隣に腰を下ろし、ついていない電気を見る。真っ暗でかろうじて見えているのは窓から入ってきている月の光のおかげだ。
それから、翔太の言葉に頷き膝と膝の間に顔を埋めた。何故、弟の癖にそんなことも分かってしまうのだろうか。私はちっとも母さんのことも翔太のことも分かってあげられていないのに。


「気張りすぎなんじゃねぇの。姉ちゃんは姉ちゃん。父さんにはなれねぇよ」


「わかってる。わかってるんだよ」


「だから、母さんのことも祝ってあげなきゃとか無理に思わなくたっていいと思う。嫌なら嫌だって言えばいい」


「でも……」


「幸にぃ」


「……は?」


「離れたくないの、幸にぃのことも入ってるだろ?そりゃあ勿論、智香さんとかも居ると思うけど……」


ああ、多分引っ越すと言われた時、誰よりも先に浮かんだのは笠松くんだったかもしれない。翔太の部屋に駆け込んだからわからなかったが、そうだ。多分、今も会いたいのは笠松くんだ。


「ああ、そうかもしれない。私は笠松くんと離れたくないんだな」


「何だよ、姉ちゃんにもやっと恋か?」


「うるさい、だまれ」


恋じゃない。私は恋愛シュミレーションゲームの中でいうお助けキャラ。決して主人公の推しメンを好きになることはない。主人公は智香で、智香の推しメンは笠松くん。私は笠松くんと智香をくっつける所謂サブキャラ。


「恋じゃない。これは」


じゃあ、何だ。
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