「こうして見ると結婚したての夫婦みたいだな」
「なぁ!!!!???」
「何て、少女漫画では言うが……兄弟みたいじゃないか?そして、その少女漫画のヒーロー役の反応をありがとう」
照れたのか。相変わらずシャイだな、彼は。こう、買い物とか行った帰りにそういう事をヒロインが言ったりする、と友達に聞いたことがある。
その子は少女漫画好きな、夢見がちな子だ。
「吃驚させるんじゃねえよ」
「ははっ。それは済まなかった。しかし、私的な意見では兄妹にしか見えないんだが……笠松くんはどう思う?」
「いや、俺も流石に……その、夫婦には見えないと思うし……」
「年齢的にも無理なことを漫画はやってくるからすごく興味深いんだ」
「いや、どこの評論家だよ」
……笠松くん、ツッコミスキルは黄瀬くんで上がってるのか。ツッコミを入れるのは想像外だったよ。
「ふわぁーあわわわ……」
「いや、長いし」
手で口を押さえたりすると、わわわわ、となるから欠伸をするのは好き。変わっているが、スッキリするしな。脳が酸素を求めているんだ。出るのは仕方ないさ。
「ただいまー」
「お邪魔、します……」
「姉貴、おせーよ!」
「おお、翔太、帰ってたのか」
「時計見ろっつの、このバカ姉貴」
「翔太、口調直せ。お前の口の悪さは誰譲りだ」
「テメーだよ!」
リビングから顔をのぞかせる翔太。扉の隙間からポチが走って私に突進してくるのを抱き上げる。
「……はぁ。笠松くん、とりあえず上がってくれ。これスリッパ」
笠松くんの家に一度行き、着替えてからまた家から出てきて、荷物を持って運んでくれた。
で、ついでにうちで食べていってもらう。ついで、とかではなく礼だったな。失敬。
「す、すまねぇな」
「……姉貴」
「何だ」
「か、彼氏いたのかよ……しかもイケメン」
「っ!?」
あー、照れてる照れてる。
耳まで真っ赤で固まってる。ここで、漫画のように荷物を落としたりしないところが現実だ。あんなに驚く度にモノを落としていたら絶対壊れるだろう。
「違うぞ。ほら、翔太運べ」
翔太はこんなに口、悪くなかったんだがなぁ……昔は。翔太も、黄瀬くんの〜っスのないバージョンみたいないい子だったのに……どこで間違えた。
翔太自信は私に似たと言うが、そこまで悪くないぞ、口調。
「笠松くん、そこらに座っていてくれ。翔太、ほら、何か話してこい」
「姉貴、どうしたんだよ。手伝えって言わねぇのな」
「笠松くん一人というのもちょっと……ほら、行ってこい」
恐る恐るソファに座ってテレビをつけて見始めた彼の隣にドカッと座り込む弟、翔太。その膝の上にポチが乗る。笠松くんはポチが可愛いのか頭を撫でて少し頬が緩んでいた。
……笠松くんが好きな食べ物は肉じゃがって、森山くんが言っていたな。作ろうか。
「ええー、じゃあギター弾けるんですか?教えてくださいっ」
「はぁ?」
「だって俺、ギターあんましうまくならなくて……」
そう、笠松くんがギターを弾けるのが羨ましいのはああやって教えることができるからだ。
翔太は今中三。ギターを始めたのは……四年まえだった。なんで始めたかのきっかけなんて知らない。
「翔太ー、皿と箸並べてくれ。笠松くん、話し込んでるとこ済まない」
翔太がええー、と言いながらちゃんとやる。そこらへんは他人と比べてもエラいんじゃなかろうか。ええー、と言ってしまえばやらないことが大概だろう。
「いや、気にすんな」
「そうか。慣れてきたな」
「何にだ?」
「私と会話するのだよ。当初、吃って何も話せなかったろう」
「……ああ、そう言う事か」
「くくく、こっちの方がよっぽど夫婦っぽいな」
そう言ってやれば持っていたお箸を床に落とした。それを随分笠松くんに懐いた翔太が拾い上げ代わりのものを持ってくる。
さて、肉じゃがなんて家庭的なものが好きだなんて思っていなかったが……結婚したての夫婦とかは私の中で、肉じゃがとか、カレーとか作っていそうだな。
「っるせぇよ……」
また顔が真っ赤だった。そんなに照れられるとこっちまで恥ずかしくなるのだがな。
「翔太、ニヤニヤするな」
「っす」
そう注意してもニヤニヤしてるの見えてるからな。口元隠していても見えてるぞ。
わかってるのか、全く……。
笠松くん、黙々と食べるんじゃなくてせめて不味いのか美味いのか教えて欲しいのだが。
「幸にぃ、こんな口調の癖に姉貴の料理、美味いだろ?」
「え?ああ、確かに……う、うまい、です」
「なんで敬語?」
そこからやはり笠松くんは話さなかった。
話してくれてもいいじゃないか。世間話でもなんでも。
まぁ、他人の家に来てベラベラ話す人もどうかと思うが。ちなみに智香はそのタイプだった。話す話す、よく話す。
もう、翔太なんか、目を回していたし。
「ご馳走様……した」
「ご馳走様」
「お粗末様です」
「あ、いい。これくらいは自分でやる」
「何言ってるんだ、笠松くん。君は客人なんだ。じっとしてろ」
そう言うが早いか、私は笠松くんの持っていた食器を横からとった。後ろで慌てる笠松くんを他所にさっさと食洗機の中に食器を突っ込む。翔太が持ってきたものも一緒に突っ込み、母親の分はラップをして冷蔵庫へ。
「笠松くん、帰るのか?送っていくよ」
「いや、いい。一人で帰る」
「私が送っていきたいんだ」
ここでわかったろうか、笠松くん。私は意外と自分勝手で横暴だぞ。
だからだろう。女と男から思われないのは。女に囲まれてばかりで、男から話しかけられることと言われればゲームの攻略法とか、何処ぞのゲーセンに置いてあるゲーム機が面白いだとか、そんな会話。
まぁ、要するに私は女に見えない女であることが、きっと彼にもよくわかったろう。
「翔太ー、すぐ帰ってくるからドレッシングとか片付けよろしく」
「はいほーい。さっさと行ってくれば?」
「ああ。宿題でもしてろ」
「やった。後でわからなかったとこ教えろや」
「それが人にものを頼む態度か、お前」
「へーへー。行ってら」
そんな姉弟会話を笠松くんは苦笑していた。どうやら面白いらしい。
笠松くんによると、姉と書く兄弟ではなく兄と書く方の兄弟にしか見えないらしい。失礼な。
「笠松くん、肉じゃが持って帰るか?多めに作ったが……」
「あー、おふくろの分もらっていいか?少しでいいし」
「わかった。タッパーに詰めてくるから待っててくれ」
履いた靴を脱いで再び台所に向かいタッパーに肉じゃがを詰める。
短時間だったためジャガイモに味が染みないと思い味付けを濃いめにしたから明日が心配だ。もしかしたら、塩辛いかもしれない。
「はい、どうぞ」
家を出てすぐのところに笠松家があるわけだが……本当に目と鼻の先だな。
こんなに近かったのに気づかなかったのは笠松くんが、私よりも家を早く出ているからだろう。
「また来てくれ。お休み。コンビニはダメだぞ、いいな?」
「ああ、わかってる。お前は母親か」
「くくっ、同じスポーツをやってる者同士、そうなるさ。インターハイ、頑張ろう」
「!おう!」
ああ、はにかむと可愛いな。
うん、悩みどころだ。可愛いのか、可愛くなく、男らしいのか。
シャイボーイな気もするしシャイボーイじゃない気もする。
「また……明日っ」
「……!くく、はははっ」
壊れるほど力強く扉を閉めた彼の顔は真っ赤。うん、シャイボーイだ、彼は。
明日が楽しみだと思ったのは私だけだろう。
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