忘れじの花

手術中、その赤いランプに現実なんだ、なんて思った。徹のお母さんがソファに座って泣いているのが見えた。もう笑って冗談でしたー、なんて徹が和楽さうことなんて、ない。

「おばさん……」
「名前ちゃんッ」

泣きついてきたおばさんを抱きしめる。いつもは徹と同じでニコニコ笑ってて優しいおばさんの崩れた顔。初めて見た気がする。
そんなおばさんに私は何も声をかけることが出来なかった。ただ、背中を優しく叩くことしか出来なかった。

「ごめん、なさいね……二人で飲んでたのかしら?金曜日だし」
「あ、はい……こんな時に、すみません」
「ううん、誰にも分からないから」

いや、違う。違うの、おばさん。私が徹と喧嘩してなければ今頃二人で家にいて、ご飯を一緒に食べてた頃なんです。私がプチ家出なんかして、彼を一人にさせたから悪かったんです、こんな事になっちゃったんです。

「ごめん、なさっ」
「何で名前ちゃんが謝るの……?」
「私の、せいだッ」

今はそんなこと言ってる場合じゃないことくらいわかってる。そんなの言ったって何の解決にもならない。頬を伝う生暖かいもの。拭っても拭っても無くならないそれは途切れることもなく重力に従って落ちていく。

音を立てて中から白衣を着た男の人が出てきた。急いで頭を下げる。おばさんは男の人に駆け寄って様態を聞いていた。
彼いわく、奇跡だということだった。折れたりヒビが入ったりしてる箇所はないという。出血がひどく見えたのは頭だけ。

「ただ……」
「ただ?」
「頭を強く打ってしまった場合があります。何らかの障害などが出る可能性も……」

特に記憶障害や麻痺だそうだ。
覚悟だけはして置かなければならない。案外冷静にそんなことを考えていた。何故だろうか、分からない。ただ、ここにいると頭が痛くなる。
それから、徹のお父さんも来て、おばさんが泣きながら説明しようとしていたのを、はじめが説明していた。
どうしてこんな事になってしまったんだろう。漠然とした疑問しか浮かんでこない。

「……い、っおい!」
「あ……はじめ?」
「行くぞ」
「どこに」
「アイツが運ばれた所だよ」

病室ということだろうか。何故何も聞こえなかったんだろう。おばさんもおじさんもいない。ずっとしゃがみこんで考え事をしていた。それだけで気づかない?
そんなに私も取り乱してるってことだよね。冷静とか言って、笑ってしまう。

「大嫌い」

こんな事を引き起こしてしまった自分が。


病室に入るとおじさんもおばさんも徹の手を握って震えていた。おじさんはおばさんの肩を抱いていて、おばさんもおじさんに寄りかかっている。いつか、徹とこうなりたいと思っていた。二人で支え会えるような。気は早いかもしれないけれど、もうお互い26だし、そういうことも頭の片隅に置いておいてもいい頃だと考えていた。

「徹……」

その後、警察がやって来て話を聞かせて欲しいとのことだか、なんせ当事者はこうなのだ。無理だという事を怒りで震えながらおばさんは告げた。

「帰ってください。息子がこうなっている今お話することはありません。そんなことも考えられないの、あなた達警察は」

渋々帰っていく警察を横目で見送り徹に目を向ける。本当に眠っているようだった。
今にも嘘でしたと頭に巻かれている包帯を解いてへらりと笑いだしそうだった。それでも、そんなことは叶わなくて。

「ん……」
「徹!」
「かぁ、さ……ん?」
「よかった!」
「とーさん?……えっと?」

目が合った。逸らされたそれは胸にぽっかり穴を開けていった。

「……誰?その人、岩ちゃん」

何の漫画だ、何の小説だドラマだ。
何が、どうなってるの。どうして、はじめは覚えてて私のことは忘れてるの。どうして、どうして。

「は、」

息が詰まってちゃんと言葉が出ない。私はちゃんと笑えているだろうか。ちゃんと、ちゃんと嘘がつけているだろうか。
今思えばよくわからない理由だった。

「岩泉さんの、付き添いです」
「悪、い……苗字席を外してくれるか」

空気を読めるはじめに背を向け病室からでる。壁に背をあずけ座り込んだ。
前髪をかきあげ頭垂れる。横隔膜がひきつるような感覚と、さきほど流したものよりも熱いものが流れ落ちていく。

「はっ……ぅ、あ……っく……ひっぅ」

よく耐えた、よく耐えたぞ私。偉い偉い。

「ふっ……ぅ、っく」

馬鹿馬鹿馬鹿、私の大馬鹿野郎。
 
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