その言葉を待ってた

わかってた、でも無理だった。

好き

その言葉を伝えるのにどれだけ苦しめばいいんだろう。君を好きになってはいけないこと、わかってたよ。ちゃんとそこら辺は弁えてたさ。抑えきれなかっただけ。

「ちょっと、オーバーワーク」
「へ?あ、苗字先輩じゃないっスか」
「もう切り上げてさっさと家に帰んなさい。それから、家帰って走ろうとか思うなよ〜」
「まぁ、多分?」
「多分じゃないよ」

こうやって、マネージャーと選手という壁を作らなきゃ話せない。きっと、彼は私をただのマネージャーとして見てるだろうし、私が彼を選手としてでしか見ていないと思ってる。この関係にこじつけるまで時間がかかった。
私がバスケが好きだという事実、そしてバスケに対する真剣な姿勢がなついた理由だと彼自身が言ってた。

「せんぱーい」
「はいはい」
「一緒に帰りません?」
「え?」
「ぶはっ、何その顔!めっちゃすごい顔っスよ」

上から笑いかけてくれるその笑顔は本当に向日葵みたいで、綺麗でそして男に言うのはなんだけど可愛らしい。わたしに向けてくれるそのあどけない笑顔は、私にとって誇らしいもの。だって、黄瀬は心許してる人にしかこの笑顔は見せないから。いつも、営業スマイルだもの。

「どういう意味ー?」
「あー、すんませんすんません!だから怒んないでっ」
「いつも言ってるでしょ。すみませんって言えすみませんって」
「うぅ、すんま……すみません」
「よろしい」
「で、帰ります?送ってくっスよ」

その誘いを断るはずがなく、頷き体育館の清掃を二人でもう一度軽くする。汚れてはないだろうけれど黄瀬汗かいてるしね、一応。
それから部室までダッシュで帰り制服に着替える。ジャージのまま帰ってもいいんだけれど、まぁカバンの中に制服入れて変えるとクシャクシャになってしまうし、それに黄瀬の隣を制服で歩きたい。いつも隣にたってもジャージだしね。

「ごめん、待った?」
「全然。もっと待つと思ってたんで」
「へぇ?流石女の扱いわかってる人の言葉だね」
「え、そんなことないっスよ。だって、支度とか結構かかるじゃないってスか。女の子って」
「それ笠松に言ってみ。そうなのかって聞かれるオチか、殴られるオチが待ってるから」

嫌っス、なんて喚く彼の隣を歩く。何だかそれだけで自分は特別なんだと思えてしまう。思っちゃいけないのに。私はただの一介のマネージャー。部内恋愛禁止。マネージャーをやっていなければ私はそこら辺にいる黄瀬のファンのひとりで、名前すら覚えてもらえなかっただろう。

「あ、先輩。コンビニ寄ってもいいっスか?」
「ん、いいよ。私もなんか買おっかな。アイスとか」
「この時期にスか」
「ジョーダン」

11月、もう秋とは言い難い気温になってきているこの寒い中、歩きながらアイスなんて食べるものか。凍え死んでしまうよ。それに、風邪ひきそうだかやめておく。

「いいよ、最近金欠だし。店内見てるから黄瀬なんか買ってきなよ」
「先輩じゃあ何が欲しいっスか?なんか奢るっスよ」
「え、いらない」
「そういうもんは受け取るべきっス!ほらほら」
「あ、ちょ、背中押すな!」

明るい店内の中に押されて入る。あんまんやらピザまんやら勧めてくる彼の前でアルバイトさんがほけぇ、としていた。理由は黄瀬を見てかっこいいなんて思ってるんだろうな。
黄瀬はモデルの時もかっこいいけれど、一番かっこいい時はボール持って笑ってるときだからね、試合してる時だからねわかった?
それを知ってるのは私だけでいいんだよ。

「せーんぱい。ほらほら!」
「……じゃあ、あんまん」
「りょーかいっス!あ、レモンティーとかいりますか?」
「いい、それくらい」
「それくらい俺が出すんで!ほら!」

馬鹿ね。こんなことされるから諦められないのよ。

「ね、黄瀬」
「なんスか?」
「こういうの、誰でもするの?私がマネだからするの?」
「んー、違うって先輩は言って欲しい?」
「ですかつけろですかを」
「痛っ」

そうだよなんて言えるわけもなくて、話を逸らして今度は私が黄瀬にされたように彼の背中を押してレジに行かせる。そそくさと、その場から逃げ出すように外に出る。寒さに体を震わせた。

「さむっ」
「なーんで先に行くんスか」
「ふぉっ!?」
「ふぉ?」

暖かいレモンティーのペットボトルが頬に当たって体を大袈裟にびくつかせてしまった。まぁ、驚いたので。しかも結構。そりゃ、頬は冷たいしいきなり暖かいものが当たったら驚くでしょうよ。

「先輩の、はい」
「あ、ありがとう」

手のひらの上に乗ったレモンティーとあんまん。

「先輩、ゴミ捨ててかないんスか?」
「捨ててく」
「あ、じゃあ俺が捨ててくるんで下さい」
「……ありがと」

いつもより優しく感じた。彼にゴミを渡してあんまんとレモンティーで暖を取る。にしてもあんまりレモンティーとあんまんって合わない気がする。腹に入れば同じだけど。

「先輩、食べててくれても良かったのに」
「いいの。こういうの、待ってるのが普通だよ」
「……俺、先輩のそういうところ好きっスよ。あとはバスケに真っ直ぐなところとか、」
「は?何言ってんの」
「意外と謙虚なところとか、それからそうっスねぇ……ああ、馬鹿っぽいところも好きっス」
「……バカにしてる?冗談言ってる?」
「これは、そうっスね。告白っスよ、名前先輩がさっき変なこと聞くから。さすがの俺でも好きな子以外にはこんなことそんな頻繁にしないっスよ」

泣きそうな声で馬鹿と言ったことを私はきっと黄瀬といる限り忘れないだろう。いつもと同じ帰り道、いつもと同じ帰り道景色、いつもと同じ歩幅。ただ、いつもと違うのは右手が暖かいこと。黄瀬との距離。近くてそれでいて気恥ずかしい。

「ねぇ先輩」
「何」
「苗字先輩じゃなくて名前先輩って呼んでもいいっスか?」

どうぞ。
笑った彼の握力が少し強くなって、私もそれに返すかのように強く握った。

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テーマ「人外ファンタジー」
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