いつもそうだ。
あの人は俺から、全部持っていってしまう。
でも、だからこそ、憧れてしまうんだ。俺が持っていないものをあの人は持ってるから。
****
「名前っち!」
「……黄瀬くん、部活は」
「今日体育館整備でなし」
「そう」
俺の目が何時も追ってしまうのは彼女、苗字名前だっだ。でも、彼女の目には俺は映らない。彼女が追ってるのは俺じゃない、違う人だから。
「どうだった?今日は」
「相変わらずだよ。話せなんかしないから」
「その諦め癖どうにかしたらどうっスか?いい加減話しかけないと進展しないっスよー」
よくドラマや漫画の中で好きな人が幸せだったらそれでいい、なんてセリフが出てくる時がある。
そんなの、そいつらの偽善だ。口先だけで、思っても見ないんじゃないか、なんて考えてしまう自分がいる。
「はぁ……いいな、黄瀬くんは」
「何でっスか?」
「青峰くんをいっつも近くで見れて」
「へっへーん!いいっしょ?だから、見学おいでってば」
そうやって誘うと彼女はいつも首を縦には振らない。横に数回降ってそれから、呟くんだ。
「羨ましいな……」
そう思うのならばこればいいのに。
彼女の目には映らない。彼女の目に映っているのは青峰っちだ。
俺の方が長く一緒にいて分かってあげていて、話しているのに、彼女は俺のことを見てくれない。
「名前っちー、明日もう告っちゃいなよ」
俺が来たことで閉じてしまった本を再び広げた名前っち。その行動にため息が出た。
「なんでため息?」
「当たり前っスよ。せっかく人が恋愛相談乗ってんのに」
「乗ってなんて、一言も言ってないんだけど」
「え、何ー?聞こえねーっスよ」
嘘。本当は聞こえてる。これが俺のお節介だってことも十分に理解しているつもりだ。
この子には好きな男がいるのに、他の男に構っている余裕などないのだろう。
「もういいよ、しーらない」
一度上がった顔がまた沈む。
数十分たった時、いきなり本を閉じた名前っち。何事かと窓の外の景色から顔を上げるとポロポロと泣いていた。
理由を聞くとどうやら本の内容で泣いてしまったらしい。
「……どんな話だったんスか?」
裏表紙に書いてある説明を読むとその短文からしても悲しいことはすぐにわかった。
要は主人公が好きな女の子とくっつけない話だ。女の子が好きそうな、ベッタベタなシリアスな展開の話。
「何で泣いてるんスか?」
「だって、ヒロムくんが可哀想でっ……」
ポケットからティッシュを出して鼻をかむ名前っち。
ちょっとは人の目を気にして欲しい。
「ふーん……結局ヒロムとアイはくっつかないんスか?ヒロムが主人公なのに」
「そうだよ!アイはタクヤと付き合っちゃうの……」
なんかその世界観、ここに、いや、俺に近い。
きっと俺は、名前っちとはくっつかないから。ヒロムが可哀想で仕方ない。そして、怖い。
「てめぇら、何してんだよ」
教室のスライドドアが滑る音に視線は入ってきた者に向いた。
そこにいたのは真っ黒な肌の俺が尊敬してる人。
どうしてその物語が怖かったんだって?
勿論、現実にそうなるのが怖いんだ。
「は、黄瀬……何苗字泣かしてるんだよ」
青峰っちの言葉を聞いて不思議に思ったのは俺だけだろうか。
だって、あの、桃っちと、桃っちの友達くらいしか名前覚えてないのに……どうして桃っちの友達でもない名前っちの名前を覚えているんスか?
「いや、ちげえっスよ!」
「はぁ?じゃあなんで苗字は泣いてるんだよ」
「ほっ」
ほ?
そこで止まって赤面してしまった彼女は言いづらそうに俯く。それから聞こえるか聞こえないかの声で答えた。
「……ほ、本が、感動的でして……」
机に開いた本を立てそこに隠れるようにして伏せてしまった彼女の顔は真っ赤だ。
その行動にウケたのか腹を抱えて笑い出す青峰っち。
「くくっ、あはは!」
容姿的にも、性格的にも目立ったところはない。むしろ地味。
そんな彼女の名前をなんで青峰っちは知っているのか。答えは簡単。
「そういうところ、好きだぜ。苗字」
好きだから。いや、気になっているから。
きっと、青峰っちの口から出たのは無意識だったんだと思う。だって、言った瞬間自分の口を自ら大きな手で多い隠したのだから。
「え?」
本から持ち上がった顔は真っ赤。俺はきっとこの二人の視界には入ってない。今この教室から出ても何も思われない。
「今、何て言った?俺」
「えっと、その、あの……」
ああ、その表情を見るのは俺だけでいいのに。他の人には見せなくてもいいのに。
見せないでよ。
「名前っち、好きっス」
俺を見てよ。
「……黄瀬!?」
「黄瀬くん、いきなり何言って」
「俺本気なんスよ。付き合って」
空いていた扉のほうを見るともうそこに青峰っちは居なかった。
俺の視線の先を追うようにして見た名前っちは目に涙をためて俺を睨んだ。
「私は青峰くんが好きなの、知ってるでしょ?どうして彼の前で言ったの!? 」
鈍い痛みとともに耳に入ったのは名前っちの靴の音。軽快なそれは、すぐに遠ざかっていった。
「……あー、駄目だ。いってぇ、スよ」
どうしてこうも、喉から手が出るほど欲しい物って手に入らないんスかね。
頬を殴られてまで手に入れたものは彼女からの嫌悪感たっぷりの睨みだった。
次の日、桃っちに青峰っちが名前っちと付き合ったって聞いた。
「あー……くそっ」
やっぱりあの人には適わねぇんスかね……どれだけ望んでも、適わねぇ……。
やっぱり本の中と同じじゃないか。
主人公なのに、どうして好きな女の子と付き合えないんスかね
ブレザーが涙で滲んだ。