雨声

部屋がこんなにも広く感じるようになったのはいつからだったか。もうわからない。二人で座っていたソファも、二人で見たテレビも、一人というのはこんなに寂しいものだっただろうか。
きっと、外から聞こえる雨音のせいでもあると思う。シトシト、アスファルトを濡らしていくその雨の音は何故か悲しくなるような音に感じた。


「大輝のばーか。……帰ってきてよ」


もう、三年も、日本に帰ってきていない。彼に触れてない、声だって聞いてない。抱きしめてもらってない。さみしい、さみしいよ。耐えられるとか言って見栄張って、すぐに限界になって根を上げたのは私だ。テレビの中にいたって、本人にちゃんと会いたい。ソファに二人で座って、しょうもないことで笑ってどうでもいいことで喧嘩したい。


「ばーかばーか。…………ばか」


膝の間に顔を埋めて、スンと鼻を鳴らした。どれだけ待たせれば気が済むのよ。
小学校の時からの付き合いで、腐れ縁だって二人で馬鹿らしいことばかりして。の割には私は頭はそこそこ良かったから馬鹿な大輝に勉強教えたり高校だって一緒のところに行った。両想いだとわかりながらそこでもう意地で、大輝から言ってくれることを信じて待ってた。待った年数約5年。そんなんに比べれば短いけれど、それは大輝がそばにいたから良かった。


「いないんだもん」


もん、とか可愛く言ってみたって全く可愛くないし、むしろ気持ちが悪いのは自分でも理解してる。
今更帰ってきてよ、とか言って電話とかしたくない。よく意地っ張りだとか言われるが確かにそうだと思う。でも、それが私で変えられない。この性格が嫌いだ、自分で言うのもなんだが。素直になれないし、喧嘩しても私は悪くな言って一瞬でも思ってしまうし。


「……さつき?」


振動も何もしない、ただ携帯の画面に桃井さつきと表示されただけの携帯を手に取る。通話ボタンに触れて耳に当てれば内容はどここでお茶でもしないか、だった。もちろん、家でひとり寂しくいるのだから、そのお誘いを断る理由なんてなくて。行く!と返事をしたのはコンマ何秒だっか。


。。。


「さつきー、寂しかったぁぁぁあああ」
「よしよし。青峰くんは馬鹿だねぇ。早く帰ってくればいいのに」
「本当にそれ!何で帰ってこないのよ……向こうに好きな人でもいるのかな?」
「え、それはないないない!ありえない!」
「そうかな……」
「そうだよ!」


いつになく弱気な彼女の頭を撫でる。目の前にいる女の子は青峰大輝くんの彼女さんの苗字名前ちゃん。私とも青峰くんとも腐れ縁と言っていいほどずっと一緒にいる子。
こんなに弱気で、今にも泣きそうな彼女に教えてあげたかった。


「もうすぐ、帰ってくるよ」
「……もうすぐっていつかなぁ?」
「うーん、きっとすぐ!」
「待つしか、ないよね」
「うん。待っててあげて」


私のおすすめの店に傷心中の名前ちゃんを案内してコーヒーを頼んだ。きっと、あまり青峰くんと連絡を取っていなければテレビも見ていないんだろうな。名前ちゃん、意固地になると面倒くさいからなぁ。やらない!って決めたことは絶対しないし。


「でも、不安なんだ」
「……うん」
「私はさつきみたいに大人じゃないから。まだまだ子供だし」
「……」
「それに、見栄っ張りで意地っ張り。馬鹿みたいだけど、本当に子供っぽいの」


きっと、帰ったら驚くよ。

その言葉を彼女にかけてカフェから背中を見送った。
いきなりの告白、自分はまだ子供だって。うん、それは私だってたまにまだ思うよ。けどね、誰だって大人になっても子供の心は残ってるし子供っぽい人だっている。それに比べれば名前ちゃんなんて、ずっとずっと大人だよ。


「成功しますように……」


また、喧嘩して笑って、そんな日常を送ってくれる事を信じてる。


。。。


あれ、鍵開いてる……?
鍵を差し込めば手応えが感じられずドアノブを引けばカチャ、と音を立てて開いた。


「う、そ……わっ!?!?」


少しだけの期待と、少しだけの恐怖。
泥棒だったら?鍵をかけ忘れていただけならそれで構わない。でも、知らない人がいたら、そんな恐怖の中に芽生えたのは大輝が、帰ってきてるんじゃないか。
恐る恐る扉を開けようと扉を引けば中から伸びてきた腕。
引っ張られてぶつかったそこは分厚い胸板。苦しいくらいに背中に回っている腕。首に埋まっているから顔は見えないが、それでもこの青い髪の毛の色。


「だい、き?」
「……ぉぅ」
「帰ってきてたの?いつ?」
「ついさっき。驚かしてやろうと思ってよーさつきにちょっと頼んでお前を家から出させた」
「……っふ、ぅ」
「は?泣いてんのか?」


体から離れていく温もりが、先程まであったさみしさをまた思い出させる。だから、自分から大輝の首に飛びついて腕を巻き付ける。


「寂しかった……!ばか……あほ……おたんこなす……!」
「わ、悪かったって!だから泣くな!な?」
「ううぅ、心配したっ向こうに好きな人とかできたのかなぁとか私のこと愛想尽かしたんじゃないかとか!」
「お、おう」
「よかったよぉぉぉ、帰ってきてくれて……!」
「貶されてもうよく分かってねぇんだけどとりあえず」
「お帰り!」


ただいまって言われる前にお帰りと言いたくて。
だから、離した体にもう一度飛びついて抱きしめた。


「ただいま。……さてと、三年間分の取り戻すか」
「は?」
「は?って、三年もご無沙汰だろ?アレ」
「さりげに抱き上げてベッドに連れていこうとするのやめてよ!」
「いいじゃねぇか、別に」
「いやいやいや、良くないからね!よくないよ!?」


三年分に換算すると大輝の言っているアレ、とはどれほどベッドに縫いつけられるのだろうか。


「ねぇ、だいきー」
「ん?」
「また一緒にいれるねー」
「……おう……疲れたろ?寝ろ」
「疲れさせたのは大輝でしょ。でも、うん。おやすみ」


手を握って寝たのは三年ぶり、ものすごく長く感じて、寂しく感じたその長さは大輝の顔を見た瞬間全てどこかへ飛んで行ってしまったった気がした。

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