幸男と、喧嘩した。理由は些細なことで、でも私にとっては全然些細じゃなくて。話してくれなくなってから一週間が今日で過ぎようとしている。部活でも、話してくれなくて話しかけようとすれば離れていって森山たちと話をしだす。その度に森山が申し訳なさそうな顔をするのが余計に苦しかった。
「先輩、ほんっとにすみません!」
「いや、黄瀬は悪くないから」
「でも、俺が……」
「事故、だし。幸男もいつかわかってくれる」
これが虚勢だって分かってる。傍から見ていたら可哀想に見えていることだってことも。私には待つことしかできないから。だって、幸男は近づいたって離れていっちゃう。話しかけようとしても無視してしまう。
だから、待つしかないとわかってたのに。それは意味のないことだったのかな。私がバカだったから、こうなったの?
「せんぱ……え?」
「バカッ……みた、いッ」
前を歩いているのは幸男。声をかけようと近づいていけば彼の隣にいるのは女の子が見えた。知ってる、彼が女の子苦手なことくらい。だから、今まで一緒に入れたのが不思議なくらいなのに。隣にいれるのは私だけの特権だと思っていたのに。
隣にいる黄瀬が私の前に立ってくれなきゃ、きっと彼らが見えなくなるまでずっと吊ったってた。
「………ッッ」
涙を見せないようにと虚勢を張ろうとしていたのが事実だった。今でも、こぼれないのが不思議なくらいだ。
目の前にたっている黄瀬があまりにも辛そうな顔をするものだから、なぜ彼がそんな顔をするのか問うてみた。
「俺、苗字先輩と笠松先輩の二人が部活で話してるのを見るのが好きなんスよ。なのに、それが見れなくなったのは、俺のせいで。こうなったのも」
「違う!もしかしたら、これが必然だったのかもしれない。幸男が私に愛想つかして違う女の子と帰るのが」
本当はこんなこと言うつもりない。本当は大泣きして、彼を問い詰めたい。自身プライドがそれを許さない。泣きたくない、涙なんて見せたくない。
まず、黄瀬がこんなに謝るの私が転んだ時に黄瀬を巻き込んで転んでしまったからだ。黄瀬は私を受け止めようとしてくれたわけだが、ボールに躓いて二人とも転倒。その体制がその場しか見ていない幸男からすると私が黄瀬に覆いかぶさっているようにしか見えなかったらしい。それに言われた言葉がいたかった。
「結局お前も、黄瀬目当てか」
何でよ、なんで?私は黄瀬が入ってくる前からいたし、幸男しか見てなかったのに。
「何でそんなこと」
「いつも、黄瀬のこと見てんじゃねぇか」
「違う!」
「じゃあ何だよ!」
「そ、れは」
幸男を見てた、なんて恥ずかしくて言えない。余計にそれが彼を怒らせたのだろう。そして、愛想をつかれてしまった。
いつも見ていたのは黄瀬の隣に立ってたあなただよ、なんて、恥ずかしいこと口が裂けても言えなかった。それが馬鹿だった。話してくれなくて一週間、今までずっと一緒に居た人が隣から居なくなるのはどれほど辛かったろうか。
「幸男があの子のことを好きなら、別れるよ」
「ちょ、先輩!何言ってんスか!」
「別れる。幸男はあの子のこと好きなんだもん。私と付き合ってるっていうのは枷でしょう?」
「先輩、正気に戻ってください!」
「これでも、正気だし冷静だよ」
それから、どうやって家に帰ってきたのかわからない。でも、ベッドで大泣きしていたことは覚えている。風呂に入って湯船に体を沈めればこんなにも私は笠松幸男が好きだったのかと理解した。本当に、馬鹿なのは私。あの時恥ずかしがらずにちゃんと言うべきだった。
「あはは……」
自嘲気味の笑いが風呂場に反響する。
そう言えば、明日、私誕生日じゃん。本当に、最低な誕生日になりそうだ。最悪すぎる。もう、涙なんて彼の前で出さないようにめいいっぱい泣いてから風呂から上がった。
さて、明日は頑張ろう。
そう意気込んだのに、幸男にどうやって話したらいいのかわからない。今までどうやって話していたっけ。もうわからないし、こうなったら会った瞬間言ってやろう。人気のない所にもう彼を連れていくのでさえも面倒くさい。
「ねぇ、笠松幸男いる?」
「ああ、お前笠松の……笠松ー彼女来てる」
「は?あ、ああ……」
「幸男、そこでいいよ、聞いて。幸男に好きな子が出来たのなら全力で応援する。でも、わかってて欲しい。私は黄瀬をずっと見てたんじゃなくてあなたをずっと見てたの」
「お前何言ってんだよ。意味分かんね」
「好きなのはね、幸男だから」
教室で惚気発動するなー、なんて、冷やかされた。視界が言葉を紡ぐ度に滲んでいくのに誰かが気づいたのか、とたんに静かになる。いつもはお昼休みなんて誰もが話していてうるさいと思うほどなのに。とても静かで落ち着いている。だから、廊下の声がとても大きく聞こえた。
「だからね、別れッ……よ?」
誰かが息を呑んだ音がした。乱暴に涙を拭って鼻をすする。きっと今鼻がトナカイみたいに赤くて、目立って充血しているだろう。もう、そんなのどうだっていい。
「お前何言ってんのか自分でもわかってんのか!?何で、そんなことッ」
「だって昨日幸男が女の子と一緒にいるの見た!」
「それだけでお前はッッ……ぁ」
「同じじゃん!そう言っていっつもいっつも!黄瀬に多いかぶさっちゃったのは事故だし……誤解する気持ちもわかるよ!でも、幸ちゃんは何にも言ってくれなかった!」
言ってくれなかったんじゃない、いう時間なんてなかった。だって私からなにか昨日したわけじゃないから。矛盾してるってことくらいわかってる。
「……あれ、は」
「もういい!信じてくれない幸ちゃんなんて大嫌い!嫌い嫌い嫌い!」
ああ、こんなにも彼に言いたいことがあったんだ。不満なんかじゃないけれど、堪えていた分言いたくないことまで言ってる。嫌いなんかじゃないんだよ。でも口から出ちゃうんだ。
名前の呼び方だって変わってるけど、そんなの気にしてたら言いたいこと全部言えなくなるから。全部言いたいこと言って別れてやる。
「もういい」
「!な、離してよ!」
抱きしめられて、まだ言いたいことあるのに言えない。ジタバタと暴れても全く効果はなくて、いつもボールを投げるその細いのに逞しい腕からは逃れられなかった。
「ごめん」
「………………え?」
「事故だって、アイツにも何度も言われて……俺もわかってた」
「じゃあ何でッッ」
「お前を傷つけたの分かってたから余計に気まづくて」
「そんなの……いいのに……」
私はあなたから話しかけてくれるのを待ってたのに。
「だから、誕生日に仲直りしようとか思ってたんだよ」
「じゃあ、隣を歩いてた女の子は?」
「……いいんちょー」
「委員、長?」
「お前のプレゼント選ぶためにいろいろ教えてもらった」
「何よ、それ何それ!私の、早とちり?」
「お互い様だろ。……ごめんな、もっと早くに言ってやるべきだった」
「何それ……もう、どっちも馬鹿じゃん」
彼の肩口に顔を埋める。制服にきっと染みていく涙は暖かくて冷たいと思う。腕の上から背中に回っている腕のせいで彼を抱きしめ返すことはできない。離れていったその手には一体いつ握ったのか、小さなネックレスが持たれていた。
「何、それ」
「誕生日、おめでとう。生まれてきてくれて、ありがとう。それと、不安にさせてごめんな」
冷たい金属が胸元に落ちる。
幸男が付けてくれたんだと、冷静になるまで数秒。クラスからの拍手に余計に頬が熱くなって幸男を横目で見ると顔を手で隠していた。よく見えなかったが首も耳も真っ赤だったのだから、お互い相当恥ずかしかっただろう。
「もう、喧嘩したくない」
「それは、俺もだよばーか」
「バカはそっちでしょ」
「……お互い馬鹿だよ」
『バカっぷる!出てけ!』
クラスからのその一言に二人して顔を見合わせて顔が赤いことを改めて理解する。それから、少しだけわがままを言ってもいいですか。
「今日、手繋いで帰りたい」
「は!?」
「だめ?」
「……わぁった」
何も、今つないでなんて言っていないのに、繋いでくれた彼は本当は優しくてでもちょっぴり一人で抱え込みすぎてしまう人。
「俺は別れねぇからな」
「分かってる。あんなの、ドッキリだよ」
「はっ、言っとけ」
恋人に送るネックレスの意味―?
。。。
匿名様
笠松さんです。ちゃんと切甘になっていたかとても不安です。それよりも少しごちゃっとしてしまいました、すみません。タイトルがネックレスの意味となっております。少しでも楽しんでいただければ幸いです。リクエストありがとうございました(^^)