好きでした、愛します

今日の朝、喰種の話を聞いていた。でも、でもまさか自分がこんな目に合うなんて思ってなかったんだ。


「カハッ……ァあ、ぅグッ」


背中から出ている赤いソレは赫子という物だろう。いきなり巻き付いて壁まで投げられた私は今までを平凡に暮らしていた女子高校生である。
さっきまで学校から帰っていたのに、何の間違いがあってこんなことになっているんだろう。


「おいおい、もうへばったのかよ……ったく、人間ってホンットに弱いよなァ?」
「は、ぁ……ぅ」


打ち付けた腰が痛む。このドレッドヘアーは何を言っているんだろうか。人間と喰種を比べるなんて頭が可笑しい。

人間と喰種は全く違うのに。

それにしても、私は今日死ぬのかと案外冷静に考えたりしない。思うのはただ、あの水色の髪の持ち主に想いを伝えておけばよかっただとか、もっと彼のバスケを近くで見ていたいだとかそんなことばかり思ってた。


「来てくれたら、いいの、に……ぐっあぁ!あ、ああああ!!?」


掌を踏まれて嫌な音が耳に残る。痛みで涙が出てうめき声が上がる。
痛い痛い痛い。たまに指を踏まれたりだとかするけれど、それの何十倍何百倍と痛い。


「苗字さん!」


幻聴が、聞こえるほどになるまでに君を私は待ち焦がれたんだね。バッカみたい。来るはずなんてないのに。


「灰崎くん、苗字さんから離れててください」
「何?コイツお前のかァ?」
「離れろと、言っているんだ!」


赤黒くて、生暖かい物が体にかかる液体。ヌメヌメしていて、気持ちが悪い。ドレッドヘアー男が私の上から飛び退く。液体は錆びた鉄の臭いがした。
歪む視界で捉えたのは水色の髪の毛を持った男の子。背中には羽が生えている。


「きれ、い」


その羽に踏まれなかったほうの手を伸ばす。
そんな手を掴んだのは視界の端にいた黒子くん。いつの間にそんなに近くに来ていたのだろうか。


「黒、子くん……んで?」
「おい、そいつは俺のもんだ。食うんじゃねぇよ!」
「……ちょっと待っててください、苗字さん。すぐ済みます」


感覚のない手を見つめて何分たっただろうか。
黒子くんの背中から出ている羽を見てゆっくり理解し始める私の頭。


「喰種……」


学校で一番仲がいい、恋情を抱いている人が人外で、喰種だった。そんなの信じたくないのに、彼の背中から生えている羽は有無を言わざる得なかった。


「苗字さん、大丈夫ですか?」
「……喰種、だったの?」
「…………黙っていて、すみませんでした」
「触ら、ないで……」


逃げていったドレッドヘアー男が浮かぶ。黒子くんの瞳を見るのが怖い。喰種が、黒子くんが、怖い。
助けてくれたのに、触るな、なんて言っていい訳が無いっていうのは分かってる。言える訳が無いのも知ってる。なのに自然に動いたその口から出たのはお礼でも謝罪でもない。触らないでという、彼を傷つける言葉。


「すみません、今はそんなこと言っていられる状況じゃありません。失礼します」
「離して、触らないで……!」
「せめて病院まで連れて行きます!だから、今だけは、今だけでいいんです……!許してください」


子供のように抱っこをされて、泣きじゃくる私を抱えて彼は人通りの少ない道を歩き出した。こんなところで喰種捜査官たちに会ったらどうする気だろうか。怪しまれるのは黒子くんだ。私は見捨てられるのだろうか。ううん、きっと彼はそんなことしない。


「ごめんなさい、ごめん、なさい…………ありがとう」


学ランにしがみついて呟いた。そんな私を黒子くんは優しく、けれども少しだけきつく抱きしめてくれた。


***


ぐるぐる巻にされた包帯を見て両親は涙を流した。黒子くんにすごく頭を下げていたし、ご飯に呼ぼうとした両親だったが、喰種は人間の食べ物がダメだったことを思い出し無理やり言いくるめて帰っともらったのが昨日の出来事。


今日は黒子くんに呼び出された。中庭には私の気もしらないであろう気持ちのいい風が私の頬を撫でる。


「……お待たせしました」
「ううん。黒子くん、昨日は本当にありがとう」
「いえ……僕の方こそ、すみませんでした」


何で呼ばれたのかなんて興味無い。
昨日の今日考えたけれどもやはり、黒子くんは黒子くんだ。喰種だから、人間だからと言っても私が見てきた黒子くんはきっと彼そのものだ。


「あのね、黒子くん」
「好きでした」
「……は?」
「何ですか、そのマヌケヅラ」


ケロリと彼は何を言ったのだろうか。
好き、と言ってくれたのか?それも、過去系で。


「本当はずっと、胸の奥に深くしまっておくつもりでした。僕の場合、好きになればなるほど、その人を……食べたくなるから」


その言葉にやはり現実を見なくてはならないのだと実感する。彼は喰種で私は人間。言ってしまえば種族が違う。そして、捕食者と食料だ。
のこのこ、捕食者の元へ食料が向かっていくか、そう問われた場合私は即座にノー!と言える自信がある。


「……そっか」
「もう、僕らは一緒にいない方がいいでしょうね。遅かれ早かれ離れなくてはならない存在だったようです。僕といれば、灰崎くんに狙われやすくなりますし」
「……うん」
「苗字さん、あなたと過ごした時間は僕にとってとても有意義な時間になりました。今まで、有難う御座いました。灰崎くんには気をつけてくださいね。もう、夜あんな時間に出歩かないでください」


勝手にそう言われて、勝手に離れられて。勝手に、想いを告げられて。
黒子くんはいいかもしれないけど私の気持ちは想いは無視?
そう考えるとふつふつと怒りが沸き上がってきた。


「待ってよ」
「……何でしょう?」
「僕が貴方を守るくらい言いなさいよ!黒子くんなら歯が浮くようなセリフでもカッコよく聞こえるわよ!」
「苗字さん?」
「大体ね!何よ、喰種だからって貴方は『黒子テツヤ』でしょう!?図書室であった本が大好きな少年でしょうが!勝手に友人辞めるとか言われても困るのよ!だから、僕が守るとか言ってよ!いきなり離れてかないで!わぁっ」


「どうして……どうして貴方は人間なんですか、どうして、僕は喰種なんですか……」


耳元で聞こえたそれは震えた声だった。黒子くんの腕の中に閉じ込められて、肩にすり寄せられた額は熱かった。体も、震えていて、行き場をなくした手を彼の背中に回してゆっくりと叩く。子供をあやすようにしたそれは黒子くんを落ち着かせる効果があるのかは知らない。


「僕は、貴方を守りたいです。でも、それ以上に貴方を食べたい」
「……」
「傍にいて欲しいのに、そんなこと言えないんです」
「じゃあ、我慢して。私も好物食べるの我慢する」
「は?」
「もうなんでもいいから、傍にいてよ。私も黒子くんが好きなんだから」


傍にいれたらそれでいい。たとえ最後に殺されようが何されようが。今は、今だけでもいい。傍にいて欲しい。


「黒子くん、私に付き合ってよ。高校卒業したら食べていいよ私のこと」


あれから二年後の今日、私はこの世から居なくなるのだろう。


「好きでしたよ、名前さん」


最期に見たのは涙で顔を濡らしている黒子くんだった。でも、迫ってきたのは黒子くんの唇。ゆっくりと私の唇と合わさったそれはいつもどおり震えていて、儚げだ。


「これからは、愛します。だからもっと傍にいてください」


もう一度合わさった唇に涙を流したのはどちらだったか。


「あり、がとう……」


こうやってこれからもずっと、一緒に居るのだろう。今日から、ずっと。

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