お帰り

辞めて辞めて辞めて、これ以上征ちゃんを消さないで。


「名前はいつも後ろをついてくるね」
「うん。いつも金魚の糞って言われてるけどね」
「それは、褒め言葉じゃないけど」
「わかってるよ」


あの笑っていた日々はどこに行ったんだろう。あんなの、征ちゃんじゃないの。だから、だから聞いたんだ。


「ねぇ、誰?」
「テツヤみたいなことを言うね」
「テツくんのことも前は黒子呼びだったよね」
「そんなことどうだっていい」
「征ちゃんはこんなことしない」


ベッドに縫いつけられるように馬乗りにされているのは私で、上に乗っているのは征ちゃんだった人。
彼女だからとか、そういう軽い感じでついていったんじゃない。ただただ、行こうとしていた学校が一緒だっただけ。


「本当に、誰なの……返して……あなたの中に二人いたのならば今もそこに征ちゃんはいるんでしょう?返しっ!?んん、んんん!」
「うるさい、黙れ。僕は僕だ。赤司征十郎は僕だよ名前」


口を押さえられて、泣きそうになるのを必死で堪えて。耳元に囁かれた言葉に背筋が凍った。気安く名前を呼ばれたくなかった。彼も赤司征十郎なんだってことくらいわかってる。好きなら、彼のことだって好きなはずだって何度も思った。
でも、違った。私はきっと彼を自身を赤司征十郎だという彼を一生好きにはなれない。
今までも、目の前にいる彼を何度か見たことがあった。それでもすぐに戻ったのに。どこかへ行ってしまった。



「さわら、ないで……」


今まで一緒にいた中での初めての拒絶。服の中に侵入してきた手が止まる。頬の上に落ちた冷たい水。ずっと閉じていた瞼を開けて彼の顔を見る。死んだ目をしていた彼の赤い瞳から涙がこぼれていたのだ。黄の瞳からは零れていないのに、赤の瞳からだけ、零れ落ちていた。


「そこに、いるの?」
「……名前」
「いるの?ねえ、征ちゃん?征、ちゃ……」
「ごめん、たくさんたくさん傷つけてごめん」
「何で、泣いてるの?泣かないでよ」
「すまない、こんなの、もう名前が好きだったオレじゃないだろう?もう、捨ててくれても構わないんだよ」


それは、本当にあなたからの言葉なの?征ちゃん、私だったら離れたくなんてないよ。だから、そんなこと言わないでよ。だから、あなたも泣かないで。もう一人の征ちゃん。


「捨ててくれても、構わないんだ」
『捨てないでくれ』
「もうオレは君を傷つけたくないんだ」
『傷つけたいわけじゃないんだ。でも、あいつを求めないで僕を見て』
「ありがとう、ごめん。こんなことしてしまって……すまない。本当に、すまない」
『僕を愛してくれ……すまない、すまない。愛というものが、どんなものかわからないんだ』


どっちが、本当の征ちゃん何だろうか。答えはきっと、両方だというかもしれない。確かにそう思う。きっと、黄の征ちゃんが言ってるのが本当の事で赤の征ちゃんが言ってるのが嘘。
黄の征ちゃんは強いけど、脆い。赤の征ちゃんは弱いけど、強い。だから、嘘も付けるし、優しい。


「……好きだよ」


だから私はあなたを受け入れよう。あくまでも私が好きなのは征ちゃんであって、彼じゃない。それでも、それでも私は彼を受け入れて待とう。


「あなたが帰ってくるのを待ってる」


だから、捨てろとか言わないで。私はあなたも、彼も、好きなのだから。矛盾してることなんてわかってる。でも、どちらも赤司征十郎だから。同じようで違う。けれど、私が好きな人は彼の中にいる。理解するから。


「待ってる」


WC、お疲れ様、と同時に言ったのは


「征ちゃん、お帰り」


その言葉で征ちゃんを迎えた。赤司征十郎は二人いる。私は、その二人ともが赤司征十郎だということを認め、そして彼ら二人を好きます。だって彼らは同じ人なのだから。ただ、裏と表の人。


「ただいま、名前」


背中に回った手の温もりはいつもと変わらない。優しさも、力加減も。彼は、ずっと私の傍にいてくれた。彼は彼だ。それでも好きなのは、いま目の前にいてくれている征ちゃんなのだ。前の征ちゃんは受け入れたけれどやはり好きにはなれなかった。だから今、あなたを精一杯好こう。


「待たせたね」
「ううん、大丈夫」
「また、一緒にいれる」


そう言って握った手は、やはり変わりのない征ちゃんの手だった。

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