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目が覚めたのはベッドの上だった。壁にかかっている時計を見ると4という数字を短針が指している。窓の外を見てオレンジに染まっている空は綺麗だと純粋に思った。


病院だとわかったのは看護婦さんが入ってきたから。起きている私に向かって笑いかけてくれた彼女はすぐに部屋から消えた。
入れ違いに入ってきたのはハルでも、凛でもない。


「……さつきちゃん」


「随分遅い目覚めだね、棗ちゃん」


桃色の長い髪の毛を揺らしながら歩いてくる彼女はモデルのよう。小さな椅子に座ると布団からはみでている私の手を握ってくれた。
さつきちゃんの手は暖かくて落ち着く。


「失礼します」


ノックと共に入ってきたのは医者だ。
さっき私に笑いかけてきた看護婦さんも後ろに付いている。
体調を聞かれ平気だというと明日まで入院しなくてはならないことを伝えられた。
点滴をしなくてはならないようだ。それもそうか。食べ物に手をつけていないのだ。栄養も取れていないだろう。たった一日何も食べていないだけで、ここまでされてしまうとは……滅入るな。


「……フリーは遙先輩が1位、凛先輩が2位。真琴先輩は残念ながら予選落ち」


「え?……私丸一日寝てた?」


「うん。多分もうすぐみんな来てくれるよ」


ベッドを起こして私はさつきちゃんを見つめる。それから力なく泣きそうな顔で笑ったのだ。
何事かと思って焦ると俯いてしまった彼女は乾いた笑い声をあげた。


「ねぇ、棗ちゃん。ここに来るの、すごく迷った」


「え?」


「仮にも水泳部でもない部外者が来ていいのかなって」


私の手をきつく握り彼女は自分の額まで持ち上げる。
倒れるまで、私は限界じゃなかったと思う。けど……会場にいたんだ。確かにあの人影はあいつだ。ストーカーの男。
さつきちゃんは何度かストーカーにあっているし、彼女に打ち明けるのは迷うな。


「……私は、勝ちたいって気持ちがわかるけれど、わからない。選手とマネージャーは違う」


震えた声でそういう彼女は儚くて、こういう女子を男は守りたくなるのだろう。


「良く言えば皆を支える存在。悪く言えば?傍観者なんだよ」


ああ、彼女はどれだけその言葉を軽くいうのだろうか。どんな顔をしていっているかは俯いているせいで見えないが、酷く歪んでいるのだろう。
傍観者、その言葉をさつきちゃんは胸の中でずっとしまいこんできて、耐えてきたんだ。いろいろなことに。


「どれだけ棗ちゃんの身になって考えても、マネージャーという、傍観者側からの意見しか出てこなかった。大ちゃんにわかって、私にはわからない。選手とマネージャーの違いだって思った」


力なく笑う彼女はへらひへらりと笑い涙を流した。きっと、さっきもこのような表情をしていたのだろう。自嘲するようにひきつった笑を浮かべている表情。
頬を伝って流れる涙はあまりにも彼女には不釣り合いだった。さつきちゃんには笑顔の方が似合う。


「何で来たの?」


「え?」


「私に何か言いに来たんじゃないの?」


赤く充血した瞳。その瞳から流れた涙をティッシュで拭い取った。
そのまま机からティッシュ箱を取ると彼女に手渡す。


「……私は、エスパーじゃない。さつきちゃんが言いたいことがわからない。傍観者だから何?選手とマネージャーは違う?そんなの当たり前。でもね、選手はマネージャーや支えてくれる人がいないと突っ走って自分でわからないうちに壊れちゃうんだ。だから、さつきちゃんが来てくれて嬉しい。止めに来てくれたんでしょう?壊れないようにって」


まだ流れているさつきちゃんの両頬を包む。涙が手にかかり伝っていった。私はなんていい友人を持ったんだろう。

泣いて、止めようとしてくれる人がいる。さつきちゃん以上の女友達なんていない。


「あの日、心配したっ……言って欲しかったっ、私に、ああなる前に言って欲しかったッッ」


「……うん」


「何で、言ってくれなかったのか知りたかった。でも、ただの友達だって纏めちゃえばそんなの言ってくれないのは当たり前だし、私よくお節介って言われてて、こんなの言ったらきっと言われちゃうってっ!」


「……大丈夫だよ」


そんなの、思わないよ。絶対に思わない。だって、あなたは私の心配をしてくれてるんだから。それを今私は分かってるから。もしかしたら、倒れたその日に言われていたらそんなキツイ言葉を投げかけていたかもしれない。でも、私は……今なら言えるから。


「さつき、ありがとう」


さつきちゃんを引き寄せて抱きしめた。私の胸でわんわん泣く彼女を撫でて腕に力を込めた。


「棗ちゃんのバカァ!心配したんだからぁ……!」


「心配してくれてありがとう」


扉が開いたのが目に入った。
立っていたのはハルたちではなく大輝だった。




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