1それはナギの一言で始まった。
「海のそばにいるんだから海で練習しようよ!昔みたいにさっ」
『あっつ……』
「わぁぁあ!見て見て!ナツちゃん!」
『うん、見てる見てる』
多分今私の目は死んでる魚だ。
だって、暑いから。プールに入っていたのにいきなり引っ張られて海に連れてこられたんだ。
イラつくのは当たり前だと思う。
「もー、ちゃんと見てよー!」
『だって、暑いし汗かくし砂暑いし足の裏に引っ付くし』
「はぁ……あんまり海好きじゃないよねー」
『まぁね』
プールか海、どっち派?と聞かれると即答できる自信がある。
勿論、プールだ。
『ていうかさ、うちの周りイケメンだから』
女の子、うざいんだけど。正直さ。
「ねぇーねぇー、君大学生?」
「……」
「名前は?名前!」
ああ、うちんちの兄貴もイケメンだった。無口だけれども、一応大学内でも人気あるんだ。
ハル、無口すぎるのがこういう逆ナンに役立つんだけど……ダメだな。この女の人たちどうも諦めが悪いらしい。
『ハル!海の家探しに行くよ』
ハルの腕を掴んで歩き出す。ぼそりと彼は礼を言うと私の手を掴み直した。多分こういう時が一番ダメなんだと思う。
兄弟じゃなくて彼氏と彼女に見えちゃうから。
『ちょ、ハル……』
「今だけでいい」
『……ばか』
仕方ない。
兄孝行してやるよ。
「ホント、お前ら仲いいよな」
『凛。まぁね?』
笑うとハルも微かにだけど、笑ってくれる。
「何?海の家に行くの?」
『真琴……そうだよ。だって焼きそば食べたいから』
「えー、ナツちゃん、焼きそばばっかりじゃん!海来たら」
『仕方ないでしょ。焼きそば涼しいところで食べたいから』
「全く……子供かよ」
「焼きそばくらい、家で作ってやる」
『ここで食べるから意味があるんだよ』
昔、よくこうやって話していた。ハルは私の手を握って、凛はハルと肩を組んで、真琴は私の隣。ナギは私とハルの前。
クラブから出る時はいつもこの並び。家に帰るときはナギは居なかったけど、真琴と凛とハルと私で帰って……楽しかったなぁ。
『凛、手』
「は?」
『手出して』
伸びてきた手をきつく握った。右手にはハル、左手には凛。
『両手に花ー。イケメンだから』
クスクスと悪戯っ子のように笑った。凛の顔は真っ赤。ハルは飄々としてるし真琴はいつもと同じ笑顔だしナギは凛をからかう。
「な、あ…!?…っお前なぁ」
『あはは!意識した?』
パッ、と手を離す。ハルは離れなかったけど。
舌打ちをしながら腕で顔を隠す姿は様になっている。
カッコイイ、素直にそう思ったから。
「お前も顔赤いっつの」
『イタッ。デコピンは酷い』
「ホントお前馬鹿だよな」
頭に乗せられた手が無造作に動く。
凛のこの手が好き。撫でてくれる大きな手。ハルとか、真琴とかとは違う優しさがあって落ちつくんだよね。
「あ、あったよー!海の家!!僕カキ氷たーべよ!ハルちゃんは?」
『あ……』
スルリ、自然に外れた手。自分の右手を見る。暑くて手汗をかいててしっとりしているそこにはハルの手がずっとあった。
いきなり無言でなくなってしまったら悲しい。
『バカハル』
「淋しいなら言えばいい」
『別に。おじさん、焼きそば一つ』
「はいよっ」
凛が横からそう言ってきたことに腹が立つ。だって、言いたくないから。それを分って凛は言ってるんだと思うんだよね。そう思うとイライラする。
それにわかられてるのもいや。
「お前もつくづく甘え下手だな」
『うるさいよ。わかってる』
凛に言われなくても、わかってるよ。
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