1「棗、来い」
凛とは次の講義があったからそのまま二人とも無言で別れた。
それから私は講義終わって部活には顔出すきになれなくてそのままメールをハルに入れて帰ってきた。
『どうかした?ハル』
帰ってきた途端鬼の形相のうちの兄はどうかしたのだろうか?
私、何かした?いや、記憶にないぞ。
「凛と付き合ってるってどういう事だ……」
『あーそれ……ってブッッッ』
飲んでいたお茶を吹き出しそうになる。無理やり呑み込めば噎せた。
『げほっ、うえっ、変なところ入っ、たっ!』
「だ、大丈夫か!?」
背中をさすってくれる時のハルの顔は本当にいつも通りだ。なのにまた私の正面に座ると鬼の形相。
こういうドラマもあったなぁ。
夜ドラで男の人が娘さんをくださいっていうシーンでお父さんの表情見た時こんなのだった。
『……凛は何て?』
「黙秘って言われた」
あの人何言ってんの。
『それ、嘘だからね』
「でも、キスしたって言ってたぞ」
『凛が!?』
「学部の女」
『……うん、まぁ、したけど』
「……」
いや、ガーンって顔してるけど妹が誰とキスしようが勝手じゃないですか?
そんな、お父さんみたいに問い詰めなくともいいじゃん。
「公衆の面前でか」
『まぁ、そうかと言われるとそうです』
「はぁ……」
頭を押さえて携帯を取り出した彼は電話をし始めた。
凛?と聞こえたので電話している相手は凛なのだろう。
「今すぐ来い」
『ちょ、流石にそれは迷惑だ!』
「そんなことない。棗がお前を呼んでいる」
うちの兄のシスコンぶりはどうにかできないでしょうか?
……大輝とさつきちゃんのあの顔が離れないんだよね、それより。
何か、傷ついたような悲しいような複雑な表情をしていた二人。どうして?
離れてくれないのがすごくイラつく。ハルの目を見ていると大輝が、チラつく。
忘れようとしても忘れられない。
「すぐ来るそうだ」
『ハルは私に彼氏ができても喜んでくれないの?』
思えばそんなことを口走っていた。
ほとんど無意識だと言ってもいい。
「え……?」
『私はハルに彼女さんができたら嬉しいよ?』
「……」
『ハルも漸く私よりも大切な存在ができたんだって』
「それって……」
『別に私はハルに守られてなくても周りが見えるよ?ずっと私ばっかり気に掛けてちゃ駄目だ』
ハルは私中心すぎるんだよ……。
全部全部私のことしか考えてない。もういい加減私から離れて自分の事を考えて欲しいのに……。
『ていうか!ハルは私のことが好きすぎ!いい加減シスコン辞めろ!私にだって好きな人ができればチューだってあんなことなそんなことをす、するようになるんだぞっ!』
自分で言ってて恥ずかしい……。
でも言わなきゃ、いい加減しつこいからね。
『私はハルと同じでハルの幸せを祈ってるの!だから私ばっかり見ないで他の子とかちゃんと見てあげて!』
「……」
『わかった!?』
「………………わからない」
『え?』
「俺はお前が大事だ。それよりも、江にお兄ちゃんとか呼ばれたくない……ゾッとする」
……江ちゃん?何で今江ちゃんが出てきたの?
江ちゃんは凛の妹。私はあまり親しくないけれど仲良く話す程度には仲はいい。
ハルって江ちゃんのこと、好きなのか?
『私は凛とは付き合ってないよ』
「っそうだぜ、ハルっ」
息を切らして家の中に入ってきたのは赤い髪を揺らしている凛だ。
凛はこのマンションに入るための暗証番号を知ってるから入ってこられる。
まぁ、家の部屋の鍵はないから部屋の中に人がいなかったら為す術なしなんだけどね。
「どういうことだ。説明しろ」
「だから―――」
今まであった経由をハルに話していくと顔がどんどん呆れ顔になっていくのが手に取るようにわかった。呆れてるなぁ、と。
「わかった、もういい。……だが凛。お前は棗に明日は近寄るの禁止」
『え、無理だよ。明日っムグッ』
「わぁったよ。じゃあ、俺帰るぞ。用件すんだろ?」
「ああ、悪かったな。キスした代償は大きいぞ、凛」
「クク、どんな代償だよ」
「…………考えてない」
「別に頬だから気にすんな」
パタンと扉が閉まる。
話が長かった為、晩御飯時を逃がしてしまった。
疲労感があり二人とも作る気もなかったからかお弁当を頼んだのだった。
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