1さつきちゃんのポイズンクッキングを食べた青峰くんを追いかければ彼はベンチに座って項垂れていた。
『あーおみねくん』
「おま、え……平気か?食ってねえよな棗は」
『まぁ、ね。食べずに出てきちゃったよ。それより口直しにいる?』
私が持っていたチュロスを差し出すと首を振る。
「あれ食った後は何もいらねぇ……」
相当堪えたようだ。顔を真っ青にして口元を抑える彼はいつもの強気な彼じゃなくてヘロヘロな弱っちい大きな人。
隣に座って背中を摩ると小さくわり、と聞こえる。
『おっきい背中』
「あ?」
『真琴とかもおっきいけど……青峰くんのはもっとおっきい気がする』
衣服と手が擦れて独特の音を出す。
私はこの音が好きだ。
青峰くんの大きな手が私の頭に置かれる。彼は何でもかんでも大きいなぁ。
足も、身長も、手も。
『羨ましいな……ねぇ今度プールに水着着て来てよ!一緒に泳ごう!』
「は?めんどくせぇ……」
『ええー?でもでもきっと楽しいよ!ね?青峰くんは何でも出来そう』
「おい」
『ん?』
うつむいていた顔をあげて私の頭をぐしゃぐしゃに撫でながら眉間のしわを深くした彼は言ったのだ。
「その他人行儀な呼び方やめろ」
青峰くんが他人行儀な、とか使えたんだね。そういうと彼は手のひらをグーにしてきて軽く私の頭を小突いた。
『痛い……じゃぁ、大輝』
「お、おお……」
『え、だめ?』
「いや、それでいい」
さっきとは打って変わってニッコリとした笑みを浮かべる彼のその顔はえらく子供のようで可愛かった。
こういう笑顔を愛らしいとかいうんだろうね。凛の笑顔見てよ。あいつの笑顔、笑顔じゃないし。
「おい」
『ん?』
「それ、やっぱくれ」
『え、食べたよ?』
「いーんだよ」
そのまま私の手を掴んだ彼はチュロスを自分の口に運んだ。
え、私の手?
『……うわぁお』
「美味い」
私の手は彼の大きな手に引っ張られて彼の前にある。私は引っ張られたおかげで、いや違うせいで少し青峰くんじゃなくて大輝に近づく形になる。
『あはは、よかったね。今度はポップコーン行く?』
「何だよ、お前帰らなくていいのか?」
『何それ。帰れっていってるの?』
「ちげえよ。過保護な兄貴達に心配されねぇかってことだよ」
『平気平気!私そこまで子供じゃないから』
ザァ……と風が吹く。春の風は涼しいのか生暖かいのかわからない中間の風。でもそれは気持ちがいい。
『髪の毛、切ろうかな?』
「勿体ねぇよ。伸ばしたらどうだ?こう、地面までとか」
『阿呆。キャップに入らなきゃ競泳できないでしょ?そんなに長いのは嫌だよ。夏になると暑いしね』
「女ってめんどくせぇな。男みたいに丸刈りにしちまえ丸刈りに」
『してもいいけど……流石に触れないのは嫌だから。肩までのショートとか似合わないかなぁ』
「俺はそういうのはわかんねぇから。聞くなら黄瀬に聞け」
『きーちゃん?ああ、あの人モデルだった』
そんな特に不思議でもない世間話をして私たちは笑う。
凛の笑顔、久々に見たくなった。
大輝と凛は似てる。笑顔も、ホントは似てる。口角上げすぎるとことか眉間のしわもきついところとか、目つき悪いところとか。
『あはは、楽し!大輝といたらやっぱり落ち着くし楽しいよ』
そう言っていつも真琴がハルにやるみたいに大輝に手を差し出す。
『だいちゃん、帰ろ?』
「それやめろ。気色悪い」
『うん、確かにその巨体にだいちゃんはないと思う』
「ちゃん付やめろってさつきにも言ってんのにあいつ聞かねぇし。高校の時はやめてたのにまた戻りやがった」
『へ〜え、そうなんだ?』
「わけわかんねぇ」
頭を掻きながら私の手を握って立ち上がった。
彼は大きい。私と一緒にいた人達よりも何十センチも。
私は小さいから分けて欲しいぐらいだ。
『行こっか!』
「ああ」
『手……離さないの?』
「あ?めんどくせぇ、このままでいいだろ」
私の小さな手を大きな手が包み込んでグイグイ引っ張って歩かれた。
そんな彼に少しキュンとしたのは気のせいだ。
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