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「凛……?」


ノックされた音と、声に読んでい本を閉じて顔をあげた。私を呼ぶその声が心地よくて、低くも高くもない綺麗な声。私はこの声が好き。聞いていて落ち着く。


「……おう」


ベッドから立ち上がり自室の扉を開けた。でも見えたのはいつもの凛の顔じゃない。違う顔だった。
泣きそうな、悔しそうな顔をして、その上その顔で無理に笑顔を作って貼り付けて。


「……り、ん……?」


「元気、か?」


「ねぇ、」


「元気だったか」


「凛?」


「ぁ……いや、」


凛が怖かった。
感情がないような声音で元気か、そう聞かれても答えられなかった。怖かったから。
誰かわからなかった。一瞬、誰かと思った。


「……ハルは?」


「ハルならお風呂だと思う。いつもみたいに入ってると思うよ」


「そうか」


部屋から出てリビングに向かった。ここ最近は部屋からもちゃんと出てるし、食べ物もちゃんと食べてる。そりゃあ、前みたいにちゃんと食べてるということはないけれど、それでも食べてる。


「……麦茶、珈琲、紅茶」


「麦茶」


「了解」


冷蔵庫からペットボトルを出してコップに注ぐ。ソファに座ってテレビをつけるとニュースが流れた。


〈続いてはストーカー被害についてです〉


コップが手から滑り落ちた。


「あ……」


「棗!?」


駆け寄ってきた凛が私を心配しつつ床に散らばった破片を拾い上げる。でも、そんなこと関係なくて、ただただ震えが止まらなくて……


「だい、き……ッ」


呼んでいたのは私を助けてくれた大輝。
無意識だったその言葉は凛にも聞こえていたのだろうか。きっと聞こえていたんだろう。
テレビを見ていた私の目を覆って引き寄せてくれたその腕。
目の前に広がる凛が着ているTシャツの赤。震えている体は私ではなく凛。


「……凛?」


「……きだ」


「え?」


「好きだ」


「り、ん……?」


震えていて、でもしっかりしているその声はちゃんと今度は私の耳に入った。顔を上げたくても後頭部を押さえられているせいで上げられない。


「……ホントは」


―言うつもりはなかった、ごめん


そう言って離れていった体。目の前から消えた体は下にいて、ガラスの破片を拾ってくれている。私も急いで拾い上げようとするが凛がそれを止めた。


「触るな。怪我する」


こういうのも本当は妹みたいに思って言っていたことではなかったのだろうか。私はその気で接していたのに、凛は違ったのかもしれない。
そう思うと胸にポッカリ穴があいたような気がした。


「返事は……」


「聞きたくねぇ」


「でもっ」


「いらねぇっつってんだろ」


「ッ……」


その瞳が、目つきが見ているだけで悲しくて逸してしまった。
ただ言ってしまったことを後悔しているような顔。そんな顔されてしまえば言われた側はどうしたらいいのだろうか。


「……頼むから、言わないでくれ」


どうして周りのことには敏感なのに、自分の事になると鈍感なのだろうか。



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