2気になっていたあの表情。
少々時間は遅いが弁解しようとさつきちゃんに電話をかけた。
何回目のコールだったろうか。わからなかったが出てくれたことに安堵した。
〈……もしもし?〉
『さつきちゃん。私、棗だけど』
〈……うん〉
どうもいつものような元気がない。
いつもの数倍静かな彼女は怒ってるような声を出していた。
いつもよりもワントーン低い声だった。それは私が怒ってる時や機嫌が悪いときに出す声。
『あの、さ』
〈凛先輩と付き合ってたの?〉
『……それは』
〈私怒ってるの。言って欲しかったもの。その事実知って傷ついた人もいるの〉
ねぇ、それは誰?
大輝?怒ったかのようにクソっ、といってどこかへ行ってしまった彼。
講義中探してもいなかった。もうすぐ夏休みで大輝は合宿に行ってしまうのに……。
『うん、ごめん。でもあれは』
〈何かね、塞いじゃって……部屋から出てこないの〉
『え?大輝が?』
〈胸糞わりぃって言って、部屋から出て来なくなっちゃった〉
『……それって私のせいかな?』
〈わかんないよ……で、付き合ってるの?〉
ぼふっとベッドにダイブした私は潰れたカエルのような声をあげた。
その時のさつきちゃんの声はいつもどおりの可愛らしい声だった。
『あれは凛がその場を切り抜けるための策だったの。とっさに凛がついた嘘だよ』
〈本当に!?〉
『うわっ。うん……本当。だから、許して欲しいなぁ大輝。そこにいるんでしょ?』
それは何となく。
いなかったらいなかったで私はとても恥ずかしい思いをするのだがきっとさつきちゃんのことだ。
電話に出るのに時間がかかったのは大輝を向かいの家から電話で呼んだのではないだろうか?
〈!大ちゃん、棗ちゃんから〉
よかった。やっぱりいたんだね、君は。
何で塞いじゃったのかは知らないけれど怒ってたのかな?さつきちゃんみたいにさ。
黙ってやがって、みたいな。
『もしもし?大輝?』
〈ああ〉
素っ気なく帰ってきた返事が嬉しかった。でもやっぱり大輝も怒っているようだ。
声がさつきちゃん同様ワントーン低い。
『ごめんね。誤解招くような結果になって』
〈……いや、誤解しちまった俺らもわりぃよな。それによ、赤司達にも言っちまって……〉
『え!?マジかぁ〜』
全く……明日は誰かにからかわれる気がする。特に赤司くんとか笑いながらおめでとうとか言ってきそう。
事情を理解した上で。彼なら有りうるのが嫌だ。
「棗、いつまで電話してる。寝ろよ」
『はーい』
〈……変わりました、さつきです。今の遙先輩?ごめんね、長くなっちゃった。赤司くん達にはちゃんと言っとくから〉
『ううん。こんな時間に電話した私が悪いんだよ、ごめんね。それと赤司くん達に言っといてくれるの、物凄く助かる。ホントごめんね、いろいろ。おやすみ!』
〈お休み!ほら、大ちゃんも〉
〈ぁ?いいよ。んなもん〉
〈ほら!〉
半ば無理矢理押し付けられたんだろう。携帯からノイズ音がした。
それから数秒経ったあとに小さい声で
〈お休み、棗〉
そう入れて電話を切られてしまった。
照れたように早口にいう声はあまりにも可愛くて……私の鼓動を速くするのに十分すぎた。
鏡を見ると顔が真っ赤だった。
『何コレ……きもっ』
初めてのことに心臓部分が痛かった。
病院に行った方がいいのかもしれない。
****
「で、大ちゃんは何に怒ってるの?」
「松岡あのやろ……あいつにキスしやがった」
「……大ちゃん、あれほっぺだったらしいよ?」
「マジか!?」
「うん」
それよりも大ちゃんは口にしかも棗ちゃんが知らない内にしてるんだからあなたの方がよっぽどタチ悪いわよ……。
そんなことを思ったのは秘密である。
「怒った理由、まるで彼氏みたい」
大ちゃんが出ていった部屋に小さく響いた私の声。
相変わらず、私は大ちゃんが大事なのだとまた自覚する。
塞いじゃった時はちょっと焦ったもの。ゴミ箱蹴った時とか本当にイラついてるんだって分かっても何もできなかった自分がもどかしかった。
そんなこと言ったって私には何もできないんだけどね。
「うーん、寝よ」
明日は……ああ、その悩みの種の大ちゃんとお出かけだった。
午後からだったかなぁ。
「ふわぁーあ」
部屋の電気を消して目を瞑った。
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