5俺らが、そこについた時には棗は青峰に抱きしめられ、泣いていた。
青峰の隣には伸びている茶髪の男。
無理やりたたき起こされ連行されていくその後ろ姿を見送ったあと、再び青峰に視線を戻す。
「ぁぁああ……うっ、く……うぁぁぁあああああ」
大きな声で子供のように泣いている棗の服は乱れ、髪の毛もぐしゃぐしゃで、よく見ると腕などに引っかかれた跡なのか、蚯蚓腫れのような跡ができていた。
「……泣け。泣きたきゃ泣けばいい。悪かったな、遅くなって」
何があったのか、青峰と棗に聞かなければわからないこと。ただ、俺もハルも誰も動けなかった。彼女の長かった髪の毛が右サイドだけ切られたのか短くなっていて、腕の傷も、目に留まる。一体何をされていたのか。
「とりあえず、帰んぞ。ほら、歩けるか」
青峰の問に首を横に振る棗は青峰に抱きついたまま動かなくなっていた。
その時、どうでもいいことを思ってしまった。
きっとあいつは、俺と青峰どちらと言ったらきっと……
「棗、帰ろう」
「ハ…………ル……?」
「そうだ。ごめん……守ってやれなくて」
ハルの名前を言ってもその次の言葉は出てこなかった。
ただ、ハルが近寄って髪の毛に触れば、再び青峰にしがみつき鼻をすすり泣いてしまった。
髪の毛は女の命とまで言われるものだ。胸あたりまであった髪の毛は無残にも切り刻まれてしまっていて、正直見ているのも辛かった。
「こいつ、車に乗せてもいいっすか?」
「ああ、頼む……」
「おい、松岡。鍵貸せ」
なんで俺は敬語じゃねぇんだよ。そんなことを思いながら手に持っていたハルの車の鍵を青峰に手渡す。
助けてやれなかったことにもイラついたが、一番は……
一度も俺を見てくれなかった
それが悲しかった。痛くて、虚しくて。青峰よりも近くにいたのに、あいつにとって俺はその程度だった。
兄、もしくはそれ以下で棗の視界に入ってさえもいなかったのかもしれない。
「くそ……」
「凛、帰るぞ」
青峰の後について行っていたハルが振り返って俺を呼ぶ。動きたくても動けなくて、畳の上に落ちている黒い髪の毛に目が止まった。
棗は、ここでどれほど怖い目にあったのだろうか。助けられなくて、情けない。
「今、行く」
後から警察に聞いた話だが、アパートには誰もいなかったらしい。どこに行っていたのかは不明だが、全員が全員、どこかに出かけていたらしい。部屋の数を数えてみたが6つ。少なくとも5人ともが同じ時間にどこかへ行っていたものだ。
事情聴取したが、みんな違う場所に行っていたという。
そんな情報を聞いてから3日経った。
棗は髪の毛をバッサリと切ってしまった。そして、あまり部屋から出てこなくなったらしい。これは、ハルから聞いた話だが、飯もろくに食べず、部活にも来ない。本当に部屋から出るのは必要な時だけ。
だが、桃井や黒子、青峰が来たときはきちんと笑っていると聞いた。
俺が行っても、笑ってくれるのだろうか。それだけが、怖かった。拒絶されたらどうしようと。
ハルによれば、会いたくない者にはハッキリというらしいからな。
「……行くか」
うじうじしていても、何も変わらない。
とりあえず会いに行くだけ会いに行こう。
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