ゲーマー番外編 | ナノ
▼ 遠距離
小さな小さな頃、父に言われ続けたことは幸せになれ、それだけだった。

「杏奈ー」
「どうかしたの?」

今の父に言われることは言葉遣いをどうにかしなさい、である。

「今日さ来れるはずだった子が来れなくなっちゃって!お願い来てくれない?奇数になっちゃうのよ!」
「何が?」
「カラオケ!」
「いいんじゃないの?少ない方が歌うことできるし」

この言葉遣いはとても神経を使うし辛い。正直本当に辛い。家族がいない家では枕やクッションに顔を埋めて叫ぶ、なんてことはよくあることだ。私的にはよくあって欲しくないことなんだが。

「でも多い方が楽しいじゃない!ね、お願い!」
「……うーん、わかった。いいよ、私でよければ」
「わぁ、ありがとう!」
「どういたしまして」

にこやかに笑っていた数時間前の自分を殴りたい。

「俺の名前は―」

えらく化粧やら髪の毛が凝っていると思ったら合コンじゃないか。気づかなかった自分が馬鹿なのか、それとも巧みに隠した彼女らがすごかったのか、そこら辺はわからないがとりあえずこの場から消えてしまいたい。

「杏奈、次だよ!」
「え、あ……えー敷島杏奈です。よろしくお願いします?」
「スバリ!何か得意なことは!?」
「え"、得意なこと……えー、料理とか家事全般?」
「めっちゃいいじゃん!」

まぁ、それが男ウケのいいことなんの。私はお前達にうまい飯を作る気はないんだが。あるのは笠松くんだけだ。残念だったな、なんて言ってやりたいのを堪えに堪え、笑っている自分を褒めてやりたい。

「歌、歌いまーす!聴いてください、津軽海峡冬景色」

チョイスが渋い友人。
とまぁ、ノってきたところで自分は門限がどうだとか言って途中で抜けた。タバコは吸われるし酒は飲まれて、あの場の空気が臭くてたまらなかった。自分が酒に強いから絡み酒が分からないけれど、あんなにも絡まれデュエットを強制されるとは思ってなかった。

「ただいま」
「あ、おか……くっせぇ……」
「おかえりってせめて言い終わってから言ってくれ。風呂は?沸いてる?」
「俺も今帰ってきたばっかだからわかんねぇよ」

高校生になって身長も馬鹿みたいに伸びた翔太は私をすぐに抜かしイケメンに成長。剣道も強くてエースらしくモテモテだと、この間自慢されたものだ。本人は奥手らしく好きな女の子には話しかけることはあっても長話するようなことはないらしい。イケメンなんだから自信を持てと言っているのに無理だという。変な弟だ。

「おかえりなさい、杏奈」
「お母さん、ただいま。お風呂は?」
「言うと思って沸かしてる。後少しだから」
「電話してくる」
「あんた電話してたら時間かかるんだからその前に入っちゃって」

はーい、なんてやり取りをしながらカバンに無造作に突っ込んでいた携帯を探し出して画面のロックを解除する。ちなみに指紋認証である。暗証番号は秘密。まぁ、そんなことはどうでもいいわけで。
通話履歴から出せば一番上に出てくるのは『笠松幸男』だ。

「沸いたわよー」
「んー、今行くー」

シャワーをさっと浴びて頭や体を洗って体を温める。息をついて、携帯を手に持つ。もちろん防水用の袋に入れて。

「……」『敷島?』「他に誰がいるのさ。今日はね、合コン行ってきたんだ」『はぁ!?!?』「うわっ、何でそんなに驚くんだ?」

変な電波音出たんじゃないか。浴室に少しこもるくらい響いた笠松くんの声は耳に大きなダメージを与えた。

『いや、やっぱ待ってるのは無理だった、かと……』
「はは、そんなわけないだろう?カラオケだって言われて連れてかれたのさ。でも、笠松くん」
『それだったらいいけどよ。何だ?』
「私は優良物件らしいぞ?」
『は?』
「料理が出来ると、嬉しいんだとさ」
『……まぁ、家帰って机の上にうまそうなもんが乗ってたら誰だって嬉しいしな』

コンビニ弁当よりましだろう、そう言って笑う笠松くんの顔が浮かんだ。明日、時間があったらご飯作ろうかな。一人暮らしを許されなかった私は、ご飯を作るということはなく母親が作る時間が出来たから作ってくれる。それは美味しいし、なにか困るということは全くない。けれど、強いて言うのならば私も作りたいのだ。久しぶりに作って幻滅、なんてことだけはして欲しくない。

「じゃあ、笠松くんが仕事に行って疲れて帰ってきたら美味いもの作って待ってて欲しいのか?」
『それは素直に嬉しい』
「はは、じゃあまた練習しとく」
『おう』
「ああー、逆上せてきた……」
『は?おま、風呂!?』
「あー、今変な考えしたんじゃないのか?」
『……そんなことねぇよ』
「その間は何だその間は」
『うっせ』

浴槽から上がってスピーカーにして、髪の毛を拭く。まだまだ話すことがあるのに晩飯を食べなくてはならないために電話を切らねばならない。でも、切りたくないのがこの1日一本と決めているから。

「ねー」『あ?』「まだ、待っててもいい?」


『当たり前だろうが』


その言葉をいつもいつも最後に聞いて電話を終えるのです。

「私もだけどね」
『……じゃあな』

何度やっても照れてくれるのは、こちらとしてはすごく嬉しい。

「電話終わったの?」
「うん今終わった」
「また電話したらいいじゃない」
「後はメールかLINE」
「あっそう」
「お母さん冷たい」
「いいわね〜、青春」

ケラケラ笑っている母は私の前にエビフライの乗った皿を静かに置いた。
食べ終わったあとだいぶ遅くまで携帯をいじっていたからか、翔太に冷やかされた。それなのに、優越感を得たのは翔太に彼女がいなくて恋愛の楽しさを知らないからだと思う。 prev / next

[ back to top ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -