▼ 嫉妬
この間幸くんのポケットに名刺が入っていた。そこまでは良かった。しかし、見なければよかったと、見たあとに後悔した。源氏名とお店の名前、それに裏には手書きであろう《また来てね(ハ-ト)》の文字。私はこんなにまる文字じゃないぞ、羨ましい。と、こんな事言っている場合でなく。
それから、忘れた頃に幸くんのポケットから見つかる。しかも、同じ名、お店。
まぁ、当然頭によぎるのは飽きられた?というこなとだけ。
何だか、この名刺の子に幸くんを盗られたみたいで悔しい。それと、胸が痛い。
「……もしもし、黄瀬くん?」
〈え、あれ?敷島先輩?〉
「ああ」
〈おー、タイミング良すぎっしょ。こんばんは〉
「こんばんは。黄瀬くん、元気かい?無理してないかい?」
どうやら、休憩中だったらしい。留守電だったらもう話すつもりなんてなかったが、掛かったのもまた必然なのだろう。どうせなら、と彼に聞いてみた。
〈う〜ん……笠松先輩って浮気とか全くしなさそうじゃないっスか?仕事仲間で行ってるとか〉
「それは、何とも言えないな」
〈っスね。あとは、本当に浮気……〉
サァッと血の気が引いていくのが分かった。幸くんに限って浮気なんてしないってわかってる。でも、幸くんかっこいいから。きっと、色目使われてしまったら動けないだろうし、いくら女に慣れてきたからって言ったって無理に決まってる。ああ、どうしよう。
〈もう、その名刺突きつけて聞いてみたらどうっスか?〉
「え?」
〈気になるんでしょ?聞いてみるのも一つの手だと思うんスけどね〉
約10分間、黄瀬くんとは話をして、彼は仕事に戻って行った。どうやらドラマの撮影の休憩中らしかった。幸くんにドラマや映画は絶対大根役者になるって言われてたのに、彼はそんなこともなく今や有名な俳優だ。
「ただいま」
その声にいつもならお帰りって言っているのに、言う気が起きない。それに、玄関まで行くのも嫌になって、名刺を机の上に並べた。五、六枚だったが、それらを全て綺麗に。
「杏奈?……どうかしたのか?」
「……」
「体調悪いのか?杏奈?」
「幸くん、これは……何だろうか」
「は?……げ」
今明らかにげって言ったよな。見つかったらダメなものだったのか?やっぱり自分でこういう方がいるところに通っていたのか?
「……お前はなんて顔してんだ」
伸びてきた手は頭の上に乗ってくしゃりとなでてくれる。げって、そういうことだったのか?多分両方の意味だ。名刺のことも、私の顔のとこも。
「これを見た感想は?」
「……浮気」
「嫉妬か?」
「……だって、」
嫉妬してる時って何でこんなに汚いって思うんだ。
「私は可愛くない。媚びることもできない。男女と言われ続け、ゲーマーだし剣道馬鹿だし」
「おう」
「それに、その、可愛らしい格好とかしないし、むしろ似合わないし」
「ああ」
「だから、その、私じゃダメなのかな、と……」
「とりあえず一言言うぞ。俺はお前に惚れてんだ。お前が可愛くないって言っても俺は、その、可愛いとか思うし……」
顔を真っ赤にしてそう言ってくれると、とっても恥ずかしいし耐え難い。恥ずかしくて心臓が口から飛び出そうだ。
「それと、それ俺のじゃねぇよ。後輩の青峰のだ」
「……は?」
この時大層な阿呆面だったことだろう。
「あー、まぁ経緯はどうだっていいだろ。とりあえずいつも行って来いって言ってそれ入れられんだよ。で、捨てんの忘れるとそうなる」
「じゃ、じゃあ」
「まぁ、いいんじゃねぇの。いつもとは違うお前が見れたし」
「私は良くない!」
とりあえず、後輩の青峰くんは幸くんに殴られたらしい。それから、もうポケットに名刺が入っていることはなかった。
私も青峰くんを殴りたい。あの時の、幸くんが行っていないとわかった瞬間の羞恥と言ったら……。今度あったら青峰くんを殴ってあげよう。
「杏奈」
「何だ?」
「俺が浮気しそうに見えるか?」
「……全く」
「ならよかった」
はにかんだ君の顔が可愛くてかっこいい。腕をひかれ引き寄せられるままに、彼の胸に体をあずけた。ああ、テレビの中でキスしてる。それと同時に自分らの唇が重なった。
。。。
匿名様
可愛らしい嫉妬、出来ていたでしょうか?あまり、性格的にも嫉妬しなさそうな子で、嫉妬したらどうするのかなと考えて手探り状態で書かせていただきました。気に入っていただけると嬉しいです。
素敵なリクエストありがとうございました。 prev / next