05.
いくつもの願いを叶えてきて、もう僕の中ではこれが最後だった。多分、彼女は僕に嘘をついていた。彼女がこの世にいるのは多分未練があるから。それは僕のものなのか、彼女のものなのかはわからない。
そう言ってくれたのは一緒にいるための口実だったんだろう。彼女自身、未練が何なのかわかっていなかったのは彼女の未練は関係なかった。ただ、僕が彼女を引き止めてしまった。僕の未練は彼女の未練となってしまったんだ。
「怜さん」
「ん?」
僕の頭上を言ったり来たりする彼女。だんだん透明度が低くなり、もう透けているとは言いにくい。実際目を凝らさなければ透けているのかわからない程度に、だ。
「これでもう僕のお願いは、最後だと思うんです」
「え……!?」
離れたくない、でも、成仏しなくてはならない怜さん。大きく見開かれた目は少しだけ涙ぐんでいた気がする。
「結婚して下さい」
僕の本来の願い、それはつまりこれだった。
そして多分怜さんもそうだと思うんです。違いますか?
頬を伝っている涙を拭おうと手を伸ばす。さっきまで確かに薄らと透けていた彼女は完全に透けていなかった。人間と大して変わらない、いや、人間だった。
「はい、喜んで」
ようやく言えた、そしてようやく、ようやく抱きしめられたその腕の中にいる僕の大切な人は大粒の涙を流しながら僕にしがみついた。嗚咽だけが聞こえた。
「明日、できますかね?」
「さつきとか頼んだらしてくれそうだけど明日は無理じゃないかな?」
「そうですか……なるべく早くしたいです」
それはあなたから離れたいというわけではありませんよ。早くあなたと結婚できたという事実に埋もれたいんですよ。
「もし、もし消えてしまっても、僕のそばにいてくれますか?」
「ずっといるよ。隣にずっといる」
「信じてますよ、怜」
「!今っ」
「これから夫婦になるのに敬称はいらないでしょう?」
「じゃあ私はテツヤさん、だね」
手離したくない。自分の腕の中で幸せそうに笑っている彼女。消えて欲しくなんてない。
僕から言ったことなのに、そんな風に名前を呼ばれたら抑えきれない。
消えて欲しくなんてない。
「好きですよ」
「どうしたの、急に」
「好きです」
「私もだよ」
「好き、好きだ、怜ッッ」
「テツヤ、さん?」
「愛してるんだ!だから、だからッ」
消えるな、そういう前に唇に当たった怜の人差し指。そして見えたのは彼女の悲しそうな顔。
運命とは残酷だ。何故こんなにも愛しているのに、彼女は消えてしまうのですか。
神や仏など信じていません。でも、でも今だけ。矛盾していると、分かっています。早く結婚して願いを叶えたいんです。でも、消さないでくれ……。
「愛してますよ」
「うん……私もだよ」
「怜」
「ん……っ」
ずっと、となりにいてください。僕のそばで、僕を見守ってください。消えたとしても、そばにいてくれるだけでいいですから。そんな想いをキス一つに乗せる。
矛盾しているその考えは、もうどう仕様もない。抑えきれない感情なのだから。
愛してる。
だから消えないで下さい。