03.
結果、さつきちゃんが私を見えたことにより大くんは信じてくれた。やったぱり大くんの中でさつきちゃんの存在は大きい。
それから信じたからか、姿は見えないけれど声は聞こえるようだった。
でも、さつきちゃんは大泣きするし、大くんも少し泣くしで大変だったその場。二人が帰ったらクロくんはグッタリしていた。
「クロくん、平気?」
「はい……」
尻すぼみになっていくその言葉に笑ってソファに座っているクロくんの前にしゃがみこむ。
私の頭に乗るはずのその手は私を通り抜ける。
「触れられないんですね、目の前にいるのに」
自分の手を見ながらクロくんはそうつぶやき泣きそうな顔で無理やり笑った。
そんなクロくんを見ていられなくて、思わず抱きしめる。触れられないからフリ、ね。クロくんを通り抜けるか抜けないかぐらいに近づき腕を回す。
腕越しにベージュのソファが見えた。
「ねぇ、クロくん。私がこの世にいるのは多分未練があるから。それはクロくんのものなのか、私のモノなのかはわからない。でも、したかったことしよう?どうやって、いつ、私が居なくなるのかもわからない。だから、クロくんが一番したかったことは最後にとっといて、今は簡単なことからしたいことしよう?」
そう言えば、鼻声で小さくはい、と彼は答えて彼も腕を伸ばしてきた。それは私を通り抜けるか抜けないかの匙加減で抱きしめてきた。
「じゃあ、クロくんのしたいことは?」
「デートしましょう?だめ、ですか?」
「こんなんでよければ」
「こんなん、ではありませんよ」
笑えばクロくんからも小さく微笑みが帰ってきたのだった。
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side kuroko
僕に手を伸ばしてきた彼女。抱きしめてくれた彼女。声は聞こえるのに、姿も見えるのに、手が繋げない。頭を撫でることも頬に触れることも。愛おしいと思ってキスをしようにも。触れられることはなく、隣を不安定な状態で歩く彼女はいつ僕の前から居なくなるのかわからなかった。
それが怖い。また彼女を失うのかと思うとぞっとした。
「あ、服」
ポツリと怜さんはガラス越しにマネキンを見つめる。やはり、女性としては買い物がしたいだろう。けど彼女は服を着るどころか触れもできないのだから買い物などできない。
「少し、見ますか?」
「ううん、いいのいいの!」
「ですが……」
「いいってば、いこ?」
「 はい」
本当にいいのか、もう怜さんは既に前を向いて歩き出していた。そんなに今から行くところが楽しみなのでしょうか。僕は楽しみですが、果たして怜さんが楽しめるかどうかわからないんです。
「もうすぐだよね?」
「ええ、すぐそこです」
ブックカフェに来ても、あなたは本に触れることができないでしょう?
「ここ曲がって、ついた!早く入ろう!」
「はい」
小さな扉に備え付けできるベルが音を出して綺麗な高音を鳴らす。そして、席についてコーヒーを頼み辺りを見渡す。それから、二人で顔を見合わせ笑った。
「ねぇ、クロくんあの本は?面白そうだね」
「どれですか?」
「ほら、夏代さんだって」
「ミステリーものですね?読みましょうか?」
嬉しそうに首を上下させる彼女が可愛くて、僕の方がつい緩む。彼女といると頬が緩んでしまうから滅入る。笑えば彼女は必ずこういうからだ。
「クロくん、笑った?かわいい!」
男としてはこの言葉が嬉しいわけが無い。
「あなたの方が可愛いですよ。何千倍も」
「照れる」
そうやって素直に照れる怜さんが可愛いのに、そんな可愛い彼女が僕のことを可愛いというのだから、かなりショックなのだ。好いている女性にだけでもいいからかっこいいと思われたいですから。
「でもクロくんはその倍の倍の倍カッコイイんだよ?」
知ってた、と首をかしげる彼女にキスをした。
「「え?今」」
キスを、したんだ。確かにした。手を伸ばしても彼女に僕の手は届かないし通り抜ける。でも確かに、確かに怜さんとキスをした。
「きっとこれがクロくんの一つ目のお願いだね。もっかいここにきて、もっかいここでキスするのが」
「はい、そうかもしれません」
「だってここでクロくんに私のファーストキスあげたもん」
「ふふ、あの時は嬉しかったです」
それはまるでもう一度、付き合った頃から始め直しているようで、楽しくて嬉しかった。そして、彼女が消えるくらいなら願いなどかなわなくともいいと思ってしまった。
僕の、キタナイ感情が少しだけ箱の蓋を開けにじみ出ていた。