戻ってきたあの人 | ナノ

戻ってきたあの人

02.

「テツ?何してんだよっては?何泣いて」
「怜さん、何でここに……」
「クロくん、泣かないで?」
「ふっ、ぅ……泣きますよ、馬鹿っ。何勝手に死んでくれてるんですか……?」


目覚めたのは何故か近くのコンビニ。でも、理由なんてすぐにわかった。クロくんと初めて来たコンビニだったからだ。居残り練習で、お疲れ様と私がスポーツドリンクと肉まんを買って、それらをクロくんにあげたコンビニ。


「えへへ、ごめんね?」


伸びてきた手に触ろうとしてもスッ、と通り抜けてしまう。それが悲しくて痛くて胸を押さえる。触れなかった、何度試しても。この家に入るのだってドアを通り抜けただけ。ドアノブに何度触ろうとしたことか。クロくんにも触れられないとは……悲しいな。


「ごめんね、クロくん。私触れないの。何にも」
「僕にも、ですか?」
「うん、ごめん」
「青峰くんには見えていないのですか?」
「みたいだね、大くーん」


手を振っても私越しにクロくんを見てるとしか思えない。しかも、クロくんを変な目で見てる。そりゃあそうだ。だって、居ないはずの私に向かって話しかけてるんだもん。私だって同じ状況に陥ったらきっとそんな目で見てしまう。


「青峰くん、取り敢えず早く行ってください」
「お前、平気か?」
「ええ、大丈夫です」


労わっている大くんが珍しくて笑いが口からもれる。その笑っている声さえ大くんに聞こえていないのが悲しいな。ああやって、笑ったりしてくれるようになったのにもうそれを私に見せてくれることはないんだ。見ることはできても、私にしてくれることはもう絶対ない。
でも、クロくんに見えてよかった。コンビニからここまで歩いてきたわけだけれども、誰ひとり私を見て驚いてくれたり、声をかけてくれることもなかった。わざわざ、人の前に行って手を振ってみたり変顔してみたりしたのに。


「何飲みます?」
「あー、茶」
「わかりました。座っていてください。怜も」


それは、癖のようなもの。大くんはそう思ったのか顔を暗くして椅子に座って背もたれに腕を引っ掛ける。懐かしいその手に自分の手を伸ばすけど、やっぱり通り抜けるわけで。自分手を見ればうっすらと透けていて床のフローリングが見えていた。椅子には座れず、空気椅子のようにして座る。体重もクソもないので辛さなんて感じない。
座っていると言う気分にさせてくれるだけ。


「あ」
「どうしたー?」
「 いえ」


お盆には三つのコップ。当然飲む人は二人。一つ余分だった。私の分だということはわかっているけどあまりにも痛々しくて見てられないんだろう。大くんの顔はどんどん曇っていく。しかもそのコップは私とクロくんのお揃いだった。


「間違えました。はぁ……はい、青峰くん」
「お、おう、さんきゅ」
「いえ」


コトン、机の上に静かに置かれたコップ。それは私の前にも置かれた。不思議に思ってクロくんを見れば微笑んでどうぞ、と小さくいうのだ。大くんには聞こえてないみたい。ホクホクと白い煙をあげるコップに手を伸ばすがやっぱり通り抜けて掴めない。暖かさも感じることはない。


「テツ、携帯なってんぞ」
「え?ああ、本当ですね。失礼します」


気づかないほど、クロくんは何を考えていたの?私のことかな。だって、死んじゃったんだもんね。嫌だな。できるなら、死にたくなかったしクロくんと一緒にもっといたかった。なのに、何で死んじゃったんだろう。


「怜、マジお前ないわ」


クロくんが電話のために立ち上がって廊下に出た瞬間口を開いて顔を片手で覆うで大くん。


「何テツ置いてってんだよ」
「大くん……」
「さつきも泣いてるぞ。なぁ……」


大くんも、泣いてるの?泣かないでよ。聞こえてるぞ、馬鹿。アホ峰。ねぇ、お願いだから。気づいてよ。


「死ぬんじゃねぇよ。死に方カッコ良すぎだろうが、ボケ」
「ごめん」
「紫原も、赤司も飛んでくるぞ、お前のとこによ。緑間も焦ってたし、黄瀬も仕事切り上げてこっち来るぜ、多分」
「うん」
「お前、いい加減にしろよ。糞が……」


大くんのその言葉はもう、私に届かないと思って言ってると思うんだけどここにいるよ?聞こえてる。糞が、なんて言うな。汚い言葉遣いはやめなさいって言ったのに。
死に方にかっこよさは求めてないけれど、ごめんね。ありがとう、心配してくれてるんだよね。


「泣かないで、大くん。こっちまで泣けてくるよ」


目から落ちた大粒の涙は大くんの手に落ちた。それは大くんの手に当たって飛び散った。


「は?」
「うそ……涙は触れるの?」
「雨漏りしてんのか?」


大きな音を立てて鼻をすすった大くんはティッシュを手に取った。鼻をかんでいる最中にクロくんが入ってきて大くんを見た。何だか、納得した顔をしてる。


「桃井さんが来るみたいです」
「そうか、洗面所借りる」
「どうぞ」


クロくんと入れ違いになった大くんの背中を見ながらクロくんに今の出来事を伝えた。
涙を大くんはちゃんと感じてくれていた。雨漏りしてんのか、と言ったのだから違いない。


「何で触れたんだろうね」
「何故でしょう?青峰くんがあなたを求めた、とか」
「え、なんか気持ち悪いよ」
「そういうわけではありませんよ、馬鹿」
「クロくん酷い」


数分の間、大くんは洗面所から帰ってこなかった。その時間を使ってクロくんと相談。内容は私のことを大くんに話すかはなさないか。結局話してみることになった。


「わり、遅くなった」
「青峰くん、話があります」
「何だ?」
「幽霊って信じますか?」


その時、大くんはきっとこう思った。

こいつ、イカレタのか、と。

でもそんなことなかった。大くんも知っていた、クロくんが冗談を言わないこと、またそれが苦手だということ。だから、彼も真剣に聞いてくれたんだろう。


「いや、全く」


多分人それぞれ。信じていると言う人もあれば信じていないという人もいる。見える人と見えない人も。私が思うに見たいとすごく思ったり、幽霊の類のものを信じていたらば見えるのではないか、そんなこと。ただ、クロくんがそういう類ののものを信じていると言う話は今まで聞かなかった。
もし、大くんが私を求めたおかげで涙だけでもと手に当たったのならクロくんも私を求めてくれた。見えるくらいまでに。


「青峰くん、貴方の目の前に怜さんがいます」
「 は?」
「いるんです。信じてあげてください」
「冗談は」
「僕は冗談が嫌いです」


証明しろと言われてしまえば無理な話。でも、クロくんに頑張ってもらえば見えるかもしれない。


「んなこと知ってる。だけどな、見えねぇもんは見えねぇよ」
「青峰くん、先ほど手に水が落ちてきたみたいですね」
「何でそれを」
「怜さんが言っていましたから。それは彼女の涙です」
「だけど、よ……」


大くんの瞳はフローリングをじっと見つめてそれからゆっくりこちらを見た。
インターフォンの音。さつきちゃんだろう。クロくんが失礼しますと立ち上がり再び大くんと二人きり。見えていないのに、見えている筈がないのに私の目を見ているような錯覚に陥る。けど、見えてない。


「なぁ、そこにいんのかよ」
「はい、大くん。いますよー」
「はぁ、見えねぇし聞こえねぇし。どうやって信じたらいいんだよ」
「困ったなぁ。見えると思ったんだけど……」


もう、ここまで見えなければ完敗だ。大くんに無理強いは良くない。もし、さつきちゃんが見えてくれたらな。大くんは少しだけ信じるだろう。それは入ってきてくれるまでわからない。もう死んだ筈なのにドキドキする。少し、見えて欲しいのだ。


「怜ちゃん!」


そこにいたのは私に一直線に向かってくるさつきちゃんがいた。見えているんだ、そう思って安心したらさつきちゃんは私を通り抜けていた。


「あれ!?え、何で!?」
「怜さんには触れないんです。言うの忘れてました」
「ええ!?怜ちゃん、怜ちゃん!」
「ん、なぁに?」
「あれ、なんか喋ってるけど聞こえない……」


見え方や聞こえ方は人それぞれのようだった。とりあえず、さつきちゃんは相変わらず猪突猛進だった。私に関しては。
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