four 
湯船に体を沈めたとき、浴室の扉を叩く音が耳に入った。この音からして大輝だろう。


「おい、赤司!桶!」
「は?」
「何か袋でもいい!どこにあんだよ!?」
「何の話だ。桶ならここにある」


その瞬間扉が開き浅黒い腕が伸びてきた。桶!と言っているのだから私た方がいいのだろう。取り敢えず差し出すと、えらく今日は素早いな。引っ込んで盛大に足音を立てながら走っていく音がきこえた。
それから、その後直ぐに桃井の悲鳴が聞こえたものだから急いで上がり体を拭く。流石にこの季節、風呂上がりは涼しいな。


「どうした!?」
「あ、赤司くん」
「黒子、何があった」
「行かないであげてください」
「何故」
「お願いします」


扉の前に立っているテツヤと大輝。テツヤに聞けば首を振るばかり。ドアノブに手をかけた瞬間中から聞こえた嗚咽の音。桃井はここにいないと言うことは中にいるのだろう。


「!」
「多分、ですが……聞こえていません。僕らが何と言おうと聞こえていません」
「何を言って」
「音が聞こえていないんです」


そんな筈がない。彼女とは一時間前まで質問を投げ掛ければ別に……と返事は返ってきたのだ。なのに、聞こえないだと?


「 終わったみたいですね」


その声ともにドアノブに手をかけ扉を開ける。ベッドに寝ていた佐倉さんは桃井に背中を摩られ泣いていた。表情は顔が桃井の肩に埋まっており伺えない。
桃井が佐倉さんの肩を叩けば彼女は顔をあげ、こちらを見た。目は赤く腫れており、虚ろだ。泣いたせいだろう。


「あか、し、さん」
「ああ」
「あの、聞こえないんです、何も、かも」
「 ああ」
「赤司さんの、声、も聞こえない」
「 ああ」
「辛くなったら、言えって。言ってくださったのに、すみません」


言葉が切れ切れなのは言えているのかわからないからなのか、俺にはわからなかった。ただ、きっと佐倉さんの頭の中で自分の耳が聞こえないということが整理できていないのだと思う。たった一時間で窶れた様に見える。


「いや、気にするな」
「え?」
「…………」


机の上にある紙とペンを手に取ると【気にするな】その言葉を書いて彼女に見せた。聞こえない人はこんなにも不自由なのかと改めて知る。彼女と会話をするのも紙の上になってしまった。


−−−−−


目が覚めた時、目に入ったのは桃色。派手な色だなぁと思いながら上体を起こす。


「桃井さん、起きたみたいですよ」
「あ、本当だ。どう?具合は。あ、嫌いなモノある?後で赤司くんに」
「あの!」
「ん?」


桃色の髪の美人の方が何を言っているのか何も聞こえない。浅黒い人も歩いて近寄ってくるのに、その足音さえも。そう言えば、そう思い布団から手を出し手拍子を取る。だが、確かに打っているのに音が聴こえない。


「え?何やってるの?」
「嘘だ。 聞こえないんです。喋れていますか、私、は」


見開かれたその綺麗な桃色の瞳。その反応は聞こえているんだろう。何で、何で。そんな言葉が頭の中をぐるぐると回る。理解不能だった。先程までは聞こえていたというのに、いきなり聞こえなくなったのだ。自分の体のことなのに怖かった。


「ぁ、ああ」
「えっと、聞こえてないのね?」
「桃井さん、そんなこと聞いても聞こえていないのですから意味が無いですよ」
「あ、あはは〜だよね」


口元を見ても何を言っているのかわからないし、でも、もしかしたらこの女性の名前はモモイと言うのかもしれない。でも、わからない。違うのかもしれない。


「モモ、イさん?」
「あれ?聞こえてる?」
「あって、ますか?」
「うん。あ!こうしたらいいんじゃない?」


薄暗い部屋に携帯の光が眩しかった。
改めて理解したのは本当に聞こえていないんだということ。


【私は桃井さつきっていうの、よろしくね。ここは赤司くんの自宅。貴方の名前は?】




When I woke up, did not hear the ear.
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