「済まない、桃井」
「いやいやっ、気にしないで!」
目の前でブンブンと手を振る彼女。長い桃色の髪の毛も首の動きと連動して振られる。
険しい顔をして眠っているものだ。佐倉さんの顔を覗きながら冷たい頬を触る。
「赤司くん、これでよかったですか?」
玄関が開いた音もなければ、この部屋に入ってくる気配もなかったのに、いつの間にか後ろにたっている。まったく、驚かせてくれる。
佐倉さんから手をどけ振り向くとドラッグストアの袋を持ったテツヤが立っていた。桃井に連絡を取った時に傍にいたのだ。もちろん、テツヤだけではない。
「おー、寒っ。よくこんな中歩いてたなこの女」
「お陰で冷たいよ。それに、大ちゃん声のボリューム落としてよ」
「わりぃわりぃ」
今の季節は蝉が鳴き終わり、ちょうど冬に差し掛かろうという時期。つまり秋が終わりかけて冬に突入するということだ。彼女が言っていた言葉がふと思い浮かんだ。
―このまま、ここで野垂れ死にますから
何が彼女をここまで追い詰めたのか疑問だったが、聞かない方がいいのだろう。
薄暗い部屋にヒソヒソと話す声だけが木霊する。服も髪の毛を乾かすのも全て桃井に任せてしまった。俺が彼女を担いで行ったときは驚きだっただろう。倒れた瞬間、まず頭に浮かんだのは桃井だった。
女同士であればいろいろ融通の利くところもあると思ってのことだ。佐倉さんが倒れた瞬間連絡を取ったのも桃井。俺の家の場所は知っているわけだから、先について家の前に立っていたのだった。
「赤司くん、その人」
「右ポケットに鍵が入っている。開けてくれないか」
「わ、わかった!」
「テツヤと大輝は冷えピタと風邪薬を買ってきてくれ。俺の家にそういったものは一切ない」
「赤司が冷えピタとかいうと思ってなかったぜ」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう、馬鹿ですね君は相変わらず。……わかりました。ほら、青峰くん、行きますよ」
「へぇへぇ」
彼女を担いで入った時、家の中が濡れようがなんだろうが構わなかった。取り敢えず血が大量に通っている部分は熱いくせに、手先や腕は氷のように冷たいのだから恐ろしかった。
すぐに桃井に彼女を渡し、その場を離れる。それからドライヤーを持ち、桃井に渡す。呼ばれるまでの数分間、そわそわして落ち着かなかった。
そして今に至るというわけだ。呼ばれて部屋に行けば事前に服を持って来いと言っておいた桃井の服を佐倉さんは着用していて眉間にしわを寄せながら眠っている彼女と対面した。
「冷えピタと風邪薬です。貼ってあげてください」
「ああ」
「私がやるよ。この人は私たちが見ておくから赤司くん、お風呂入ってきたら?ベトべトだよ」
当たり前だろう。雨に打たれて濡れていた彼女を抱いており、濡れるか濡れないかなんて関係無しに突っ走っていたのだから。
服を見れば濡れて黒く色が変色している。
「じゃあ、頼んだよ」
「任せて。あ、大ちゃんは夜勤だったから眠かったら帰っても平気だよ?テツくんも」
「あー、俺残るわ」
「僕も残ります」
「テツ平気か?明日倒れんなよ」
「そんなに貧弱じゃありませんっ」
そんな会話を背に扉を閉め、浴室に向かう。すっかり冷たくなってしまった服を脱いでシャワーを浴びるのだった。起きたら彼女も風呂に入りたがるだろうか。どうせなら浴槽に湯でも張っておこう。
Cooling gel sheet and cold medicine.
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