thirtyone 
付き合ってからなにか進展があったかと聞かれても横に首を振るしかない。だっていつも通りだから。ただ、しいて変わったといえば二人でいて触れ合う時間が多くなった気がする。ソファに座ることをしなかった私が、足が良くなってきたということで彼の隣に腰を下ろすことが多くなった。そのおかげでベタベタはしないもののお互いが手を握ったり、肩に凭れたりとすることが起きた。
しかし、そういうことがある一方でやはり怖いのだ。きっとこの幸せが長く続くことがないと思ってしまう自分がいる。


「……ぁ」


さつきさんに、今日こそは連絡しようか。でも今仕事かな。ああ、それの繰り返しだ。
いろいろ背中を押したり迷惑かけたりとしたさつきさんに赤司くんとお付き合いを始めたということを、報告したい。一番はやはり彼女だろう。そんなことを思いながら赤司くんと付き合って早1週間。


「うぅ、さつきさんから連絡が来るなんて滅多にないし……」


そんなうめき声を漏らした時、携帯のバイブレーションがリビングの机の上から聞こえた。シックな黒のスマホケースをしているのは紛れもない赤司くんのものであった。私のものはまず手帳型のスマホケースなので、違うのは一目瞭然。いそいそと濡れた手を拭いて画面を見れば背筋が凍った。


「十条……稀……さん」


電話のマークの緑と赤がチカチカと目の前を点滅する。怖かった。
自分はやはり彼らにとって邪魔なのではないか。少なくとも十条さんにとっては私は邪魔な存在でしかない。それにあんなに綺麗な人なのだ。私みたいな平凡な人間が赤司くんといる方がおかしいのだ。それに、仕事も休んでいる自分と仕事が出来る十条さん。上げればキリがない。自分と十条さんは天と地の差がある。比べては失礼なくらいに。


「……はぁ」


どうしてこんなに自分はネガティブなのか。他人から自分を遠ざけて自分を守ろうと必死になって、傷つかない方法を探す。だから逃げてしまうし、他人と比べてちゃんと自分の立ち位置を弁える、それが私みたいな人間だ。


「……怖いのに」


それを他人に言えない。


「あー、ダメね、変わらなきゃ」


ちゃんとわかってる。けれどわかってる、止まりで私はいつ進めるのだろう。いつから時が止まっているのだろう。
でも、もし進めていないとするならばそれは両親が他界してしまった時からきっと私の時間は止まっているのだ。


「……」


多分、これは一番してはならないことだとわかってる。
でも


『あ、やっと出た。征十郎?どうして私に秘書をやめろなんて言ったの?私、仕事をミスした覚えは一切ないの。ねぇ、今夜話しましょう。ちょっと、聞いて』


画面をタップして切ってしまった。聞いちゃいけない話だった。これは赤司くん自身が聞かなきゃいけない話。


「……頼?」
「赤司、くん……」
「…………どうして俺の携帯を?誰からか、連絡来た?」


ああ、なんてタイミングの悪い。携帯がないとわかって一度帰ってきたのだろう。


「あ、えっと、十条さんから」
「……稀から?」


あ、心臓、痛い。
赤司くんが十条さんの名前を呼んだだけで胸が苦しい。顔を顰めて携帯を弄ってリビングを出ていってしまった。


「……!……って……た、な……ああ、だ……、…………!」


断片的にしか聞こえないその会話にため息が漏れた。私、気持ち悪い。こんなに赤司くんのことが好きなのに、自分のことばっか。気持ちが悪くて反吐が出る。
やっぱり胸が苦しい。


「恋って難しいよ……」


今夜、さつきさんに連絡しようと決心したのだった。
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