すぐに雨なんかやんでしまう。そんなことを思いながら携帯の電源を付ける。データ消去中とあり、86/758と数字がその下に出る。まだまだ、写真は消せそうにない。次に着信履歴、次はメール。あの人と、あの子と、全部。
「……?」
「何してるんだい?」
雨が体にかからなくなり、暗かった目の前がより暗くなる。ああ、傘が差し出されて、人が目の前に立っているのか。
「何、してるんですか?」
「それはこっちのセリフなんだが……」
「私なんかに傘、さして」
「風邪を引くだろう」
「別にいいです」
昔から消極的、ネガティブと言われ続けてきたが、こういう所のことを言っているのだろうか。取り敢えず、はなれて欲しいな。何の為にこの赤髪美男子はここに立って、私に傘をさしているのだろう。
「早く帰らなきゃ、家の人が心配するだろう」
「別に……」
「迎に来てもらわないのか?」
「そんな人いません……」
「なら傘を貸すよ。家に帰ったらいい」
「帰る家がないですから、いいです」
「じゃあどうする」
この人は大人びているなぁ。年は多分そんなに離れてないだろうし、むしろ同い年ぐらいじゃないだろうか。スーツ着て、何してるんだろう。仕事の帰り?確かにもう20時過ぎだもんね。
「おい、どうしたんだ?」
「え、別に……」
「フフッ、君は別に、ばかり言うね」
「放っておいてください」
しつこい人だと思う。優しいし、いい人だけど世話焼き。お節介。放っておいてくれたらいいのに。むしろ変な目で見て通り過ぎてくれればいいのに。
「ホテルまで送るよ、泊まるところないんだろう」
「嫌です」
「え?」
「このまま、ここで野垂れ死にますから」
「…………君は、馬鹿かい?」
「いっ」
耳を引っ張られた。痛い、この人力が強いな。顔幼くてひょろりとしているのに関わらず。それより耳を離して欲しい。上に引っ張りあげられるものだから立ち上がる。その際に携帯が手から滑り落ちた。あ、と小さく声を零したのも束の間携帯の画面が割れた。
「!」
赤髪美男子はそれを見た瞬間、アーモンド型の瞳を大きく見開き私の耳を離す。それから、ゆっくりと携帯を拾い上げた。その動作も綺麗。
「す、すまない」
「……別に、平気です」
受け取ろうと手を伸ばすとその手を取られる。ブンと振ってみても一緒に腕が揺られるだけで離れる気配はない。手を引かれて言われた言葉は
「弁償する。同じ機種を俺が買おう」
「……は?」
「行くよ」
「何、言ってるんですか?それに携帯ショップなんてこんな服では行きたくても行けないでしょうっ」
何を感情的になっているんだろうか。私はさっさとここで野垂れ死にするのだから。放っておいてほしい。だけど、この人は放っておいてなんかくれない。寧ろ関わってこようとする。ニコニコ笑いながら所謂相合傘というものをされ、手を引かれる。ちゃっかり左手には私の鞄を持っている。
「じゃあ、家に帰ろう、君の」
「だから!帰りたくないんだって言ってるじゃない!!!!」
「じゃあ、買いにいこうか」
「もう離して!関わらっッッ」
脚に力が入らなくて目の前が揺れる。貧血だろうか。思い返せば今日は自身が女だと痛感させられる日だった。大きな声を出せば辛い訳だ。
「おいっ」
「とに、かく、離して」
「目の前でフラフラしている人を放っておけと?俺には無理な話だ。取り敢えず、その服だけでもどうにかしよう。家に帰れないのなら買えばいい」
「お金、勿体無い」
「それくらい俺が出す」
「意味わかんない、何で」
この人は何なの。ボランティアか何か?困ってる人を助けようとかいう。もしくは怪しい宗教団体とか?弱ってる人を助けて後で見返りにその宗教団体には入れとか言われるの?もしくは倍返しにして返せとか。
「ただ携帯を見て涙を流した君への罪滅しだよ」
割れて画面がつかなくなった携帯を見て、それからあの人たちとの思い出を思い出した。ああ、なくなっちゃった。この状態だともう復元したくても、無理だろう。データなんか全部飛んでると思う。
「泣いてる?雨と見間違いじゃ」
「鏡、見る?目が充血して真っ赤だよ」
人は気付かされた時、ようやく声を上げることを知った。目の前の鏡を見て、本当に泣いているのだと。自分は結局最後まであの二人が大好きで大切だったんだと無理矢理にでも思わされた。
「ぅっく、わああああああああああああ!!!!」
ベタベタで濡れている頭を赤髪美男子の胸に押し付け声を張り上げた。頭が痛いし、何より腹に響いて痛い。でも、それ以上に心が痛かった。
While it rains, the one I met is a strange man.
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