twentyeight 
「佐倉さん、手前のソファでお待ちください」


しっかり聞こえる看護婦さんの声に返事をして車椅子を赤司くんが押してくれる。自分ひとりでも構わないというのに、そうさせてくれないのが赤司くんなわけだが。


「佐倉さんどうぞ」
「失礼します」


扉を開けると目によさげな緑の髪の毛。メガネのブリッジを指先で上げる、緑間さんがそこに座っていた。


「座ってくれ」
「お久しぶりです」
「……ああ、久しいな」
「よろしくお願いします」
「ストレスを感じている、と思うことはあるか?」
「いいえ」


その言葉に緑間さんは驚いた顔を見せ、パソコンに向き合って何かを打ち込んだ。それから看護婦さんが来て検査を受けた後、赤司くんの元に戻る。にこやかに笑っている赤司くんは緑間さんと話をしているようだった。
もう時間も遅いのもあってか、人は全くおらず並んでいたのも私を入れて3人だけ。しかも、後の2人は緑間さんとは違う科だったのか、ソファにもいなかった。もう帰ってしまったのだろうか。
ひ赤司くんは電話がかかってきたということで退室してしまった。


「足も、あと1ヶ月もしないうちに完治しそうだな。いきなり痛んだりはするのか?」
「……あまりしません」
「足も治れば一人で生活することも可能になる」
「え?」
「?どうかしたのか?」
「あ、いえ」
「そうか」


一人で生活ってことは、一人暮らしということだろうか。そういえば、私はすべて赤司くんに頼りっぱなしで何も返せてない。与えられてばかり。しかも今回、十条さんが来たというのにそれを言えなかった。言えない気まずさからか、ここに来るあいだもあまり口を開けなかった。


「あの、」
「どうした」
「十条さんってご存知ですか?」


緑間さんのその動きに知っているのだと、すぐにわかった。取り繕ったつもりかも知れないけれど、耳が聞こえなかった分いろんなものを見ていた自分にはその動きがもう答えだった。


「ご存知、なんですね」
「十条は……赤司の秘書だ。幼い頃から近くに住んでいたからか赤司のことをよく知っているし、赤司に対しての絡みが強い。だが、あれでも仕事は出来る」


あれでもって。酷い言い様だ。
やっぱり赤司くんは凄い人なのだろうか。でも、秘書ってすごいよね。それに、小さい頃から一緒にいたんだ。だからあんなに詳しくて。……だからといって牽制される覚えはないのに。


「ありがとうございます、教えてくださって」
「家に、来たのか」
「……はい」
「そうか」
「はい」
「お大事に」
「……はい」


業務的な会話をこなしてスライドドアを開ける。まだ赤司くんは電話をしているのか部屋から出ても赤い色は見つからなかった。あるのは、置いてある緑色の長椅子。それに、受付にいる看護婦さんがいる。けれど、あの赤髪が見つからないのがものすごく私自身を不安にさせた。


「好き、です」


聞いてくれる人なんて誰もいない。だからこそ、口から溺れ落ちるその言葉。自分の唇を指でなぞる。少しカサついたその唇からは、ポロリと簡単に自然に言葉が出てきてくれるのに。どうして考え出したら言葉が出ないのだろうか。


「おや、終わったのかい?」
「うん。赤司くんこそ平気?」
「……もう名前で呼んでくれないのか?」
「え、あれは恥ずかしいから……」
「俺は、嬉しかったけど」
「……気が向いたら呼ぶ」


これ以上近づけば離れるときが辛いから。そんな時がきっと近からず来るはずだ。望んでなくても、きっと。傷つく前に、離れなきゃいけない。


「そう?待ってるよ、頼」
「不意に呼ばないでよ……」
「恥ずかしいから?」
「そうです」
「耳が赤いね。本当に恥ずかしいのか」


車椅子で受付まで行き、金を払う。それから、赤司くんの方を見て行こうと言う。
笑うあなたの姿を見ていられるのは、後どれくらいなのだろうか。少なくとも、あと1ヶ月前後で見れなくなる。


「頼、何かあったのか?」
「え?」
「浮かない顔をしているからね」
「……何でもないよ」


それは、まるで自分に言い聞かせているような言い方だった。赤司くんもそれは、きっとわかってる。だからだろうか、寄り道をしようかと言ってくれたのは。



I painful.
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