twentysix 
カサリ、そんな音が耳に入った。補聴器は机の上。布団が擦れる音と自分の状態を起こした時に出た服のこすれる音。試しに手を叩けば音がした。


「聞こえ、てる?」


確か今日赤司くんはお仕事で早く起きているはず。腕時計を見ると朝の4時30分。どんだけ早起きなんだ自分、と思いながら車椅子に乗る。その車椅子の軋む音でさえも耳に入るものだから、嬉しくて頬が緩む。


「すごく音が、大きく聞こえる……」


今までこんな音聞くことができなかった。蛇口から水がこぼれ落ちる音、IHが話す声も、スイッチを押す時の独特の音。
すごく、嬉しかった。

赤司くんに全てを話した次の日のことだった。胸がすっきりしたからだろうか。心が嘘のように軽い。


「佐倉、起きてたのか……」
「うん、赤司くん、おはよう」
「え?」
「ん?」
「音、聞こえて……」
「うん、聞こえるようになりました」


振り返れば近づいてきた赤司くんの手がこちらに伸びてくる。それは頭に乗って、優しく撫でてくれた。良かった、とそうつぶやいて笑ってくれる。


「今日、緑間の所に行こう」
「え?でも、」
「いいから、行こうか」


こころなしか、赤司くんが笑っているように見えた。嬉々とした笑顔を浮かべて私の手を取る彼は、今なら高尾さんと同い年だと言われても頷ける。それ以上に幼く見えた。


「嬉しいの?」
「ん?ああ、聞こえて?嬉しいさ、勿論」
「何故?」
「大切な人の耳が聞こえるようになったんだ。誰だって喜ぶよ」
「そんなもの?」
「そんなものさ」


離された手は少しだけ名残惜しくて、それでもフライパンを握って朝食作りを再開した。それにしても、赤司くんがこんなに喜ぶだなんて思ってもみなかったな。


「でも、仕事は?」
「ああ、仕事は?少し遅れていくよ」
「あ、だったら私一人でも平気だよ。一人で緑間さんの所に行けると思うから」
「いや、ダメだ」
「仕事遅れさすなんて私がダメなの」
「行く」
「ダメ。行けます」
「ダ・メ・だ」
『……』


私は、赤司くんに弱くて赤司くんも私に弱い。そんなの、わかりきってたことだ。だから、一緒に行く代わりの約束をした。赤司くんが隣に立ってフライパンを持つ。赤司くん曰く、二人でやった方が早いからだとか何とか。


「いいのに」
「いいのさ。俺がしたいからする、それだけだから」
「ありがとう」
「どういたしまして」


すごく普通な朝。音が聞こえて、二人で台所に朝早くから立って、まるで新婚の……よう……


「ッッッ〜〜!」
「どうかしたのか?火傷したのか?」
「ち、違う!ただ、その……なんでもない!」


自分が出したその声が想像以上に上ずっていて、今までこんな声を出していたのかと驚いた。約2ヶ月程私は自分の声なんて聞いていなかったのだ。当たり前だろう。
朝ごはんを食べて、玄関で赤司くんを見送る。


「いってらっしゃい」
「ああ、いってきます」


機械越しじゃない、自分の耳で聞き取ったその言葉がとても嬉しかった。扉がしまったのを見て自分がすべきことをすぐに始める。
食器を食洗機にいれて、フライパンなど洗っておく。それから、洗濯物をたたんで一息つく。いつも見ているテレビをつけ一服すれば直ぐにお昼なんて過ぎてしまう。軽くお昼ご飯を食べて次は掃除。そう意気込んで掃除機を片手に持った時に聞こえた扉の開く音。赤司くんの名前を呼ぶ澄んだ声。見えた顔はとても綺麗でモデルさんを観ているようだった。


「征十郎ー!いないのかしら?」
「え?」
「……あら、何方かしら?新しく入ったお手伝いさん、にしてはその足……」
「えっ、とあの、初めまして」
「初めまして」


目の前でニコリと笑った女性は誰だって一度見たら忘れないだろう顔をしている方でした。


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