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この静かな時間に恐怖した。まだ決心がてきてないのか、心臓がうるさい。


「無理しなくていい」


静かな時を止めてくれたのは赤司くんだった。気を使わせてしまった。伸びてきた手のひらは頭の上に優しく乗りなでてくれる。何故こんなにも彼の手は心地が良いのだろうか。これも、さつきさんがいう『恋』?


「何を話そうとしているかは見当がついていてる。だけど、それは無理に話すような内容ではないだろう?」
「う、ん」
「じゃあ、」
「でも、話さなきゃいけないの。ごめんね、深呼吸が長かった。もう平気。聞いてもらえますか?」
「君が、話してもいいと思ってくれたのなら」


もう一度深く深呼吸をして心を落ち着かせる。そう、私はもう、あの時のような全てに絶望しきってる女じゃない。だから、気にするな。出ていけと言われても気にするな。私は、大丈夫だ。


「私が赤司くんに会ったあの日、私は彼氏と私とルームシェアをしていた友人の性行為を目撃してしまったんです」


あげられた顔はまた伏せられて、目を見開いていたのは同情からかそれとも本当に驚いたのか、そんなの考えていたらきりがない。やめておこう。


「彼は、独りぼっちだった私を助けてくれた。両親をだいぶ早くに亡くして、親戚をたらい回しにされていた私を。高校の時、あずけられた親戚の子供が受験生だから、ということでアパートの一室を与えられました。けれど、高校生だった私は家事と勉強の両立ができなかった……」


我ながら恥ずかしい話だと思う。器用に、ちゃんと両立していたら今私は全く違った人生を送っていたのだろう。
それでも、赤司くんに会えてよかった。私は久しぶりに、赤司くんといれて感情を出せた気がする。


「彼はそんな私を助けてくれた、優しい人。同じ学校で、家も近くて、いつでも家に来いと言ってくれた。親戚全員に疎まれて与えられた家に住んで寂しかったんです、私。優しくて、クラスの中心にいるような、ムードメーカー、そんな人を私は好きになりました。それが、間違いだったの」


赤司くんは相変わらず顔を俯けたまま。今好きな人に好きだった人の話をするのは心境複雑で虫の居所が悪かった。


「私は性行為、が苦手です。誘われても、大概拒否しました。それが行けなかったんだと思う。ルームシェアをしていた友人としていると思ってなかった。裏切られた気分だったんです。その時に赤司くんと出会った。はじめはお節介で面倒な人だと思った。どこかへ行ってしまえとも思った」
「……酷いな」
「ごめんなさい。でも実際にそうだった。私の両親は川で自殺をしたから、私も野垂れ死にしてやる、とか言ってたけど本当は赤司くんがどこかへ行った後にそこに飛び込んで死んでやろうかと思ってた」


苦しくて苦しくて、吐き出していくその言葉は私の心を軽くしてくれた。苦しくなるのは一瞬で、そのあとに広がるのは安心と落ち着き。


「あの時、携帯を握っていたのは彼らとの思い出をすべて消すため。そして僅かな期待だった。彼らから、連絡が来ないかという期待」


結局来なかったけれど。


「私は赤司くんに出会って、一緒にいた短いあの時間が今までのどの時間よりも幸せだった」


全て話した。緑間さんの時と同じように。自分の身の上話、今日あった元彼のこと、さつきさんに今日助けてもらったこと、全部。
赤司くんの顔なんて見れなくて、ずっと下をむいて、自嘲気味に笑った。赤司くんはどんな顔をして聞いていてくれたろうか。


「…………私は、怖い。男の人に抱かれるのも、殴られるのも。全部怖い」
「……うん」
「赤司くんの元を離れて1ヶ月。家に監禁され毎日のようにセックスをされて、拒絶すれば殴られた。その後に言われるのは殺すつもりなんてないのに、愛しているのに……って。怖かった、信じられなかった」


時たま打ってくれる相槌は彼の落ちついたその声に、早くなる動機が落ち着いた。
緑間さんに言っていたなかったのは今言った事柄。毎日犯す、に近しいセックスをされ殴られた。緑間さんにはそこまで深く言わなかった。
赤司くんが拾ってくれた時の事、赤司くんの元を離れた1ヶ月間の話。
彼は、何を思って聞いていてくれたろうか。


「私は、大切な人が隣にいてくれるだけで良かった。

黒子さんが見つけてくれた時、体が痣だらけだったのはあの人に殴られたから。会ってしまって震えが止まらなかったのは怖かったから。それを、さつきさんが助けてくれた。

そして赤司くんがどん底にいて、死のうとしてた可哀想な私を助けてくれた。だからずっと本心から言いたかった。

ありがとう」


ああ、嫌だ、見たくない。お互い顔を伏せてどんな顔をしているのかわからない。何を言われるのかわからなくて、怖くて泣きそうになる。でも、もう彼の前で泣きたくなんてなくて必死でこらえた。


「俺はね、佐倉を利用していた」
「……え?」
「寂しかったんだ。この広い広い家に独りで。本当は」


だからね、その続きを聞くのが怖かった。もう用済みだと言われそうで嫌だった。耳を、塞ごうと手を上げる。


「俺もずっと言いたかった。佐倉がいるから寂しくなくなったんだ。俺こそ、ありがとう」


それはどの言葉よりも何よりも嬉しくて、緊張の糸が切れた。視界がにじみ歪んでいく。どんどん視界が悪くなり、自分の手が二重にも三重にも見えた。


「私、は……まだ、ここにいてもいいですか?汚いです、人が信じ、られません。赤司くんが思っているような人じゃ、ないかもしれない。それでも、ここに置いてくれますかッッ?」
「ああ、勿論だよ。君はもう俺の大切な人なのだから」
「ありが、とうッありがと…」


私の恋は実らないかもしれない、それでも赤司くんが幸せになって私に報告しに来てくれたらそれはそれで許せてしまうだろう。時間が解決してくれることくらいわかってる。だから、伝えたいことだけ伝えてしまいたいと思っているこの口を噤んで、頬を伝う涙を拭った。


「これからも、宜しくお願いします」
「こちらこそ。だな」


撫でられた頭がくすぐったくて、赤く腫れた目なんて気にもせず、笑ったのだった。


Thank you.
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