twentyfour 
扉を開けると伸びてきて、私の手を掴んだ。小さく悲鳴をあげたことは仕方ないと割り切ろう。しかし、車椅子から引き上げられ足に痛みが走り、それについて悲鳴を上げたことについては許して欲しい。


「ッッ」
「頼!」
「赤司くん?」
「心配した……!」


抱き竦められて、足にも力が入らず彼の胸元にしがみつく。シャツに波打つようなシワが入ってしまった。きっと、かなりの力で握った為シワが残ってしまうかもしれない。アイロンはどこにあったか、なんてどうでもいいことを考えながら赤司くんの言葉を聞く。

でも今、私の名前を呼んでくれた?


「電話に何度話しかけても応答しないから……」
「ごめんなさい」
「大きな声も聞こえた」
「うん」
「桃井と誰かが何か口論しているのも聞こえたよ」
「うん」
「もう、心臓が止まるかと思った」
「心配かけて、ごめんね」
「もう、心配をかけないでくれ」


赤司くん、足。
それだけで彼に通じたのか、引かれた衝撃で倒れた車椅子を器用に起こし、座らせてくれた。ごめんと一言言ってくれたが元々心配させたのは私であって赤司くんに謝られることはされていない。


「そうだ、赤司くん!買ってきたもの、一緒に食べよう!」
「……ああ。何を買ってきたの?」
「マカロンとクッキーとチョコレートとケーキそれに―」
「っはは!甘いものが好きか?」
「うん。女の子ですから」
「そう言えばそうだったね」
「そう言えばって今!」


女の子らしいピンクの袋に入っているのは缶に入った大きいクッキーにカラフルなマカロン、ゲンコツほどの大きさのケーキ。
一人で使うには大き過ぎるリビングルームにおいてある机に広げる。宝石箱の中身を出したみたいだ。
赤司くんはその光景に目が点。すぐに笑い出して赤色のマカロンを頬張った。


「あ!」
「うん、酸っぱくてちょうどいいね。あっさりしている」
「美味しい?」
「ああ。美味しいよ」
「ならよかった!」


今この瞬間がものすごく幸せだ。空元気と言われてもいい。ただ、いつ聞かれるのか、とても怖いだけ。だから、明るく振舞っているのもわざとらしいと言われてしまえば何も言えない。言い返せないし取り繕えない。そういうのはあまり私は得意ではないから。でも、今は、今だけはこの幸せに浸っていたい。あわよくば、何も聞かれずに流してくれることを望むよ。
でも、わかってる。ここにいる以上、言わなきゃいけないことくらい。

「赤司くん、聞いて欲しいことがあります。聞いてくれる?」

。。。

「ねぇ、頼ちゃん」
「はい?」
「失礼を承知で聞くけど」
「どうぞ」
「両親や親戚はいる?」
「……両親は既に蒸発しています。親戚は、私を疎ましく思う親戚なら」
「ごめんね」


その言葉を望んでいたわけじゃない。
すごく静かな電車の中。この車両の中にいるのは私二人と、親子一組だけだった。正反対の位置に座っている親子にこの会話はきっと聞こえていない。


「じゃあ、頼ちゃんは何か困ったことがあったら誰に言うの?」
「誰にも、いいません」
「溜め込んじゃう?」
「基本的にそうですね。今までは、今日会った彼に言っていましたが」
「そっか」
「でも、いいです。今は言いたいこととか、あまり……ないし」


あまり、と言ってしまったのはきっと無意識。言葉というものは無意識でてしまうものと意図的に出すものとで分かれる。今は、無意識だ。


「少しはあるのね?」
「まぁ、ほんの些細なことです」
「それは、今日言ってくれたこととはまた違う?」
「恋の相談、とは真反対ですね」
「そっか……それは、私には言いづらい?」
「え、あ……えっと、わかりません」
「わからない?」
「言ってしまいたい、という気持ちはあります。でも、言ってしまったらきっとさつきさんが気分を害すような内容なんです」


さつきさんは座席に。私とは銀色の手すりを挟んでの会話。まっすぐ前を向いているさつきさんは、窓にその姿を移していた。私からは、丸見えだった。だから、どんな顔をしたのかも、すぐにわかった。


「言える時でいいよ。誰かに言いなさい。私じゃなくても赤司くんもいる」
「赤司くんはダメ……!」
「え?」
「絶対にダメなんです。幻滅されてしまう……」


緑間さんにも、誰にも言っていないことがあった。それを、赤司くんに言ってしまえば絶対に幻滅され気持ち悪がられ家から追い出されるかもしれない。そんなの、嫌だった。


「え?」
「きっと、さつきさんも嫌な気持ちになる。同じ、女性として」


特急、まだ次の駅まで三十分。話す時間としては十分だ。


「でも、もしよければ聞いてくれませんか?私の愚痴です」


笑ってくれたのを見て、深呼吸をする。口を開けばきっとたくさん出てくるであろう言葉。それを、さつきさんは受け止めてくれるだろうか?


受け止めてくれた彼女が笑って、こういうこともわかっていた。


「きっと、赤司くんはその話を聞いて頼ちゃんを軽蔑したりしないし、追い出したりもしないよ。きっと、赤司くんも気になってる。ただ、言ってくれるのを待ってるだけ。だから、もし頼ちゃんに話す決心が付けば話してあげて。ね?」


背中を押してくれたのは他でもない、さつきさんだ。
ありがとう、さつきさん。
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