twenty 
何だか、家に、部屋に、誰もいないのはどうも落ち着かない。
今までなら一息ついて珈琲でも、そんなことを思ってた。けれど、今はそんな気分じゃない。ただ、赤司くんがまだ帰ってこないのかと玄関を何度か見ては落胆ているのだ。
こんなにも私は寂しがり屋だったのかと思い返してみてもそんなことはない、という結論が自分の中で帰ってくるだけだった。
電話をかけたら、迷惑だとわかってる。でも、独りというものはこんなに寂しくて、孤独感に見舞われただろうか。


「あ、赤司く……」
『留守番電話サービスです』


「……寂しいです」


それだけ告げてやってしまったと後悔した。私はなんてことをしてしまったんだろう。迷惑すぎる。取り消したい。そんな思いが頭の中をぐるぐると回るがそんなことできるはずもなく。結局赤司くんの電話に寂しいですと言う単語が残ってしまった。くよくよ悩んでいても仕方のないことだと、そう割り切って洗濯物をたたんだり、朝食べたものの食器を片付けたりだとか、自分ができる最大限のことをしてテレビの前に座った。


「あ、将棋……やっとことないな」
『今日は天才棋士の赤司さん―――』


今、赤司くんの名前が流れたのは気のせいだろうか。家の中ということもあり、補聴器をつけていないため音は聞こえずテレビの下に出る字幕を読むのだが、そこに赤司という珍しい名前が流れたのだ。


『彼は――』


プロフィールの説明が始まりそれを目で追っていく。大手の会社の社長しながらプロ顔負けの棋士として活躍する若手のイケメンさんだとかなんだとか言われていて確かにそうだなぁ、と納得しつつ軽く悲鳴をあげた。
そういえば昔、名家といえば赤司と友人から聞いたことはあった。もしかして、その赤司なんだろうか。私はなんて人の家に住まわせてもらっているのか。


「すごい……」


携帯で赤司 棋士 なんて調べれば画像や今までの対局、赤司 会社 社長 と調べればどんな会社でどんな仕事をしているのか。日々の日常の話や、インタビューの記事なんかもたくさん乗っていた。赤司くんと外に出ると視線が集まっていた理由のひとつはこれだったのだ。
そんな忙しい方に私はなんて浅はかなことをしてしまったの。


《……寂しいです》


そんな電話をしてしまったことを余計に後悔する羽目になって項垂れる。
赤司くんは今将棋をしているかもしれない、今大事な会議をしているかもしれない。そう思うとどんどん顔から血の気がひいていく。
せめてもの償いということで、紅茶のクッキーでも作ろうか。いや、でもお菓子とか男の人は苦手と聞く。


「いや、作っちゃおう。ダメだったらさつきさんにあげようかな……」
「何をだい?」
「いやでも……それもどうかと思うし」


ツンツン。違和感を肩に覚えて振り返れば今朝見たスーツがそこにたっていた。勿論、それを着ていったのは赤司くんだ。


「赤司、くん……?おかえりなさい!」
「ああ、ただいま」
「あ、今補聴器つけるから待って」
「すまない」
「よし。あの、赤司くん……え?走ってきて……」
「君が寂しいと言うからだろう?」
「え?え?」
「道が混んでいたからそこから走ってきたんだ」


本当に、私は何をしているんだろう。


「すみません!あの、私……!本当に、迷惑をかけてしまって……」
「迷惑だなんて思っていないさ。ただ、妹が寂しいと言っていたら早く帰りたくなるだろう」
「妹?」
「君は俺にとっては妹みたいなものだからね」
「そうなんだ……」
「何か言ったかい?」
「ううん!私も赤司くんはお兄さんみたいに思ってるから嬉しいや」


そういいながら胸がもやもやして苦しいのはなぜだろうか。もし、これが恋だというのならば私はこんな感情、元彼に抱いたことなんてない。だから、好きじゃないという結論にたどり着くけど、それじゃあこのもやもやは何なんだろうか。
私は赤司くんに愛想笑いをするしかなかった。頭に乗った大きな掌に安心するのは、彼を兄のように見ていたからでは、ないのだろうか。そんな疑問を胸に口から出てきたのはこの言葉だけだった。


「クッキーは食べられますか?」
「ああ、勿論だよ」


もしこれが恋だというのならば。それはきっと私の初恋だ。


HELLO, for the first time of love.
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