高尾さんは結局病院内の説明をしてくれた。
そして小児科の子供達の相手をしろと車椅子に乗せられ小児科病棟に連れてかれた。
「わー、かずなりの彼女ー?」
「そう。俺の彼女。可愛いだろ?」
「ちょ、高尾さん!違うからね!」
「またまたー、照れちゃって」
「……帰りますよ?」
「あ!嘘だってごめん!」
オタオタする高尾さんが面白くて笑ってしまう。
それにしても、何故こんなにも小さな子供達が病気になってしまうのだろうか。必ず治るという病気でない子もこの中にはいるはずだ。
「おねぇちゃん、足こっせつしたの?」
「うん、しちゃったの」
「じゃあ、いたい?」
「うーん、普通?」
「ちょっといたい?」
「うん」
本当は結構鈍い痛みが来るんだけど、心配かけたくない。そんな風に言ったのに。
「いたいのいたいのとんでけー!」
その言葉に何故か泣きそうになった。
高尾さんは高尾さんでニコニコそれを見守っている。
何故だろう。こんな子供が病気になって、苦しむの。神様がいるならその神様は残酷極まりない。冷徹すぎる。
「おぉ!足が痛くなくなったかも!」
「ホント!?」
「ホントホント!」
立って遊ぶことは出来ないので、本を読んだり折り紙を折ったり絵を書いたりだとか、そうやって遊んだ。高尾さんは私のイラストを褒めてくれて、少し誇らしかった。これが私の仕事だったからだ。
「佐倉ちゃん、子供の相手うまいじゃん」
「そうですか?私、子供の時誰かにこうやって遊んでほしかったので想像です」
「へぇ……?」
少ししんみりしてしまったその空気を追い払うように笑う。子供は検査の時間やらでいなくなって、遂には私と高尾さんの二人になってしまった。
シン、とした空気が流れる。
突如聞こえた子供の足音ではないその音に振り向いた。
「!」
「ここにいたのかい?佐倉さん」
「 赤司」
その音の主は赤司さんだった。ニコリと笑っているのにも関わらず目が笑っていない。背筋に冷たいものが走る。いつもは優しいその目もとに私はゾッとしたのだ。
「病室に行けばいないから何事かと思ったんだ。看護婦に聞いたらここだと教えてくれてね」
「高尾さんが、その、連れてきてくれたんです」
「そうか。子供達と遊んでいたんだ?」
「はい。可愛くて」
「ふふ、楽しそうでよかった。病室に帰ろうか?高尾、いいか?」
一言も、話そうとしない高尾さんは一息ついてまた明日、そう言ってくれた。また明日、と言う言葉はどの言葉よりも嬉しい。また会おうという約束だから。約束があれば人間生きて行ける。
約束があるから、人間は誰しもがそれに縋ってでも守ろうとする。
「はい。また、明日」
赤司さんが車椅子を押してくれる。私は高尾さんに手を振って遠慮がちに赤司さんを見上げる。その頃にはもういつもの笑を浮かべて首をかしげていた。
「どうしたの?」
「いえ……あの、赤司さんにお願いがあって」
「ああ、真太郎から聞いた話か?家に置いて欲しいんだよね?」
「はい。でも、ダメなら……どうにかします」
「いいよ、おいで」
その言葉にブランケットを握り締めていた力を緩めた。
頭に赤司さんの大きな手が乗る。左右に動かされてよしよし、と言われてしまった。まるで子供扱いだ。4歳差ともなると、子供を見ているようなのだろうか。そうだったら少しだけ悲しい。
「あの、子供じゃありません……」
「ああ、ごめんごめん。つい、ね」
「そんなに子供っぽいですか?私は」
病室に入ってベッドに腰掛ける。赤司さんは微笑んでいるだけで何も言わなかったけど、やはり子供っぽいのかもしれない。
「いつ来る?明日?」
「赤司さんの都合に合わせます。私はいつでもいいですから」
「そう?なら、明々後日でもいいかな?それまで家に居なくてね」
「わかりました。すみません、何から何まで」
それから赤司さんは忙しそうにいくつか私と言葉を交わしただけで、帰ってしまった。少しだけ、誰もいないこの病室が広く感じる。寂しいと思ってしまった。それは高尾さんが暇なときは来てくれたし、さっきまで赤司さんがいてくれたから。
「寂しい、な」
自分で自分を抱きしめる。
さっきの赤司さんがとても怖かったのを思い出して寒気がした。目だけが笑っていない、とって貼り付けたような笑。あの笑は怒っている時によく大人がするものだ。私ももう大人で、でもあんな顔していないと信じたい。人を、怯えさせる笑だった。
I was that scared in his smile.
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