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「とまあ、ある親戚の家でずっと暮らしていました。母のいとこの家で、別格優しいというわけでも怖いというわけでもありませんでした。私は、衣食住を与えられているだけの者でした。放任主義、というんでしょうね。そういう人達を」


別にそれで良かったのだ。放任で構わなかった。ただ、苦しかったのは私≠見てくれなかったことだった。
どの家に行っても、必ず見てはもらえた。邪魔な存在だとしても、それでも見てもらえていた。でも、その家では一向に私に目が向くことはなかった。


「一つ違いの男の子がその家に居たんです。彼には受験があると言って私は一つの小さなアパートを押し付けられました。家に帰ってこなくてもいいと言われたんです。高校生だから一人でできるでしょうと。でも、勉強と家事の両立なんてできなくて。そんな時に手を差し伸べてくれたのが今の彼氏です」


気さくでクラスの中心に絶対にいるような、男の子。私が住んでいたアパートの前に住んでいる子で、御両親にも良くしてもらった。ご飯は食べに来いだとか、弁当は作ってくれると彼の母が言っていたとか。私≠見てくれる家。彼の母は娘が欲しかったの、と私を実の娘のように可愛がってくれたものだ。


「程なくして私は彼の事を好きになりました。そして彼から、告白してくれました。家も近いということで、彼の母にいろいろ教えてもらいつつ、今まで生きてきました。でも、その……私は男女で交わす行為が好きではなくて。誘われても断っていました。それがダメだったんでしょうね」


見てしまった。
だから、その日、裏切られてしまったと思ったから家を飛び出した。死のうと思った。死んで彼を恨んでやろうと。
雨の中、傘を差し出してくれたのは赤司さんだった。


「最初はおせっかいな奴だと、そう思っていたんです。死にたかった私はあの時は野垂れ死にする、とかほざいていましたが、実際は両親と同じで川に飛び込んでやろうと思ったんです」


だから、目の前から居なくなって欲しくて怒鳴ったりもした。でも、あの日、あの公園で携帯を片手に持っていたのはもしかしたら彼から連絡が来るかも、という期待もあったかもしれない。画像や連絡先、思い出を全て消していた中で、もしかしたら、という希望にすがっていたのかもしれない。でも実際多分彼は私に連絡して来なかった。


「私の友人と彼氏が体を交えていました。それを私は運悪く見てしまったんです」


緑間さんは一切言葉を発せず、ただ、私の言葉に耳を傾けてくれていた。
私をアパートの手前まで送っていたのを友人は見ていて、そしてアパートの前であった友人を彼も知っていた。もちろん、私の前で楽しげに話連絡先を交換するほどの仲になっているのも知っていた。
私が彼から誘われても全て断っていたのだから溜まっていたのだろう。それを私の友人と発散したわけだ。


「その日、待ってくれと言われました。両親からも待て、彼氏からも待て、赤司さんの家から出ていき友人に会えば待て、みんなみんな嘘をついたり裏切るような人は待てと私に言いました」


だから私は待て、と言う言葉が嫌いだ。普通の日常会話で言われる分には構わない。ただ、『待て』という言葉はとても辛いということを私は知っている。いつまで待てばいいのか、そんなことが堂々巡りのように頭の中で行き交うのだ。


「部屋に帰り、引っ越すつもりでした。彼とも別れるつもりで会いに行きました。でも、彼は別れてくれず、私を己の家に閉じ込めるようになったんです。それから毎日のように命令され、いうことを聞かなければ暴力を振るわれました。そして必ず彼はいうのです」

―ごめん……ごめん。殺すつもりなんてないのに、ごめん。愛してるから―


「と、いうのです。そんなの信じれますか?殴っているのに?しかも殺すつもりで、です。怖くて怖くて」


買い物を行けと言われた日に、買い出しをしてから歩道橋から飛び降りたというわけだ。


「意味、わかりましたか?すみません、私話すのが得意じゃなくて……」
「何となく、だが」


つまるところ、高校から信じ好きあって付き合っていた彼氏に暴行され、赤司さんにも連絡したかったのに携帯が手元にないから出来なかったというわけだ。


「携帯は今」
「買い出しの時に持っていたカバンの中に入れられていましたから、それに入っていると思います」


机の上にある小さなショルダーバッグを指さした。
カバンごと渡され携帯を出せば驚いた。そして気持ち悪くなり携帯を放り出した。緑間さんが操作をしてもと聞いてきたので肯けば緑間さんも息をつまらせ口元を抑えていた。


アプリケーションの右上に999の文字。メールのところには44の文字、電話に至っては今も尚掛かってきている。
サイレントマナーにしていた為バイブ音も何もしなかったが、ただ携帯の画面が薄ら光名前を表示していた。


「気持ち悪い……」
「そうでしょう?私はもう彼のことを好きともなんとも思っていませんし、近寄る気もありません。むしろ、警察に通報しようかと思っていたほどです」
「佐倉、この男のことを赤司には」
「言っていません」
「ならいい」


電源の落とされたスマートフォンを握り締め、それをカバンの中に入れた。


「もう通報する気はないのか?」
「ありません。あの家に戻ることもないです」
「何故?」
「関わりたくありませんから。それと、誰かに家に置いてもらえないか頼もうかと思っています。私は今仕事も何もできませんから、家事くらいしかすることはありません。ですから家事をするといういい物件です。緑間さんいりません?」
「馬鹿か、そう言う事を簡単に男にいうな」


一気に溜め込んでいたものを緑間さんに話して、少しスッキリした。誰にも話さないという約束をして私は検査に緑間さんに連れていかれたのだった。



Her had been that darkness.
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