1 


「話は終わったかい?」


赤司さんと緑間さんが入ってきた。緑間さんの手には私の愛用していた補聴器のそれと同じものがあった。ただ、真新しそうなそれは私のものではなかった。


「つけてくれ」


緑間さんの手が伸びて補聴器を目の前に突き付けてきたのだからつけろ、と言う意味なのだろう。受け取って耳につける。


「聞こえるか?」
「あ、はい」
「おお、凄いねぇ」
「補聴器様様ですね」


ああ、声が聞こえると言うのは落ち着く。かすかにだけど、さつきさんのや声も黒子さんも、初めて聞いた緑間さんの声も。


「久しぶり、ようやく言えた」


赤司さんの声も勿論。


「お久しぶりです」
「生きていてくれて良かった」
「……え?」
「散々先ほど謝られた時にこう言っていたんだけど、聞こえてなかったみたいだからね」


もう一度溢れそうになった涙をグッ、と堪え礼を言った。こんな私でも生きていてくれて良かったと言ってくれる人がいると思うと嬉しいものだ。


「お前を発見したのは黒子だ。黒子にも礼を言っておけ」
「え、黒子さんが?」
「呼びましたか?」
「私を見つけてくれたのは、黒子さんだと緑間さんが……」


少しだけ彼を恨んだ気持ちと、それと裏腹に礼を言いたかった。見つけてくれていなければ私は死んでいた、つまり死ねていた確率が高くなっていた。だが、見つけてくれていなければ私は今ここにいない、赤司さんたちに会えなかった。


「ありがとう、黒子さん」
「 いえ、どう致しまして」


はにかんだ黒子さんをまじまじと見て思ったのは男性の中でも赤司さんも同じだけど、白いということ。また、綺麗な人だということだった。さっきはずっと携帯を見ていたからそんなに、黒子さんを見ていることはなかったけど。


「さて、これからは医者と患者の話をするからな。来るなら明日にでも来てくれ」


つまり今日は帰れということ。
緑間さんと二人きりで話すのは少しだけ気が引けた。緑間さんは少し変わってらっしゃる個性的な人だからだ。あまりに個性的すぎて苦手意識が少しだけあるのかもしれない。


「佐倉さん」
「はい?」
「お大事に」


頭を撫でていったその手はすぐに離れてしまう。分かっていたから手を伸ばしてその手を掴んだ。


「赤司さん、ありがとうございます」
「どう致しまして?」
「皆さん、気をつけてお帰りください。今日はありがとうございました」
「また何かあったら言ってね」
「はい、ありがとうございます」


さっきまで夕方だったのに、もう12月だからか、日が落ちるのが早い。
赤司さんの手を離してさつきさんと握手をする。黒子さんは私を子供を見るような目で見て頭を撫でた。黒子さんの職業は幼稚園の先生だったか。だからだろうか、子供のような扱いを彼はしている気がする。


「ほら、テツヤ。行くよ」
「あ、はい」


撫でていた手は赤司さんが黒子さんの襟を引っ張ることで引っ込んだ。さつきさんはバイバーイと手を振り黒子さんも手を振ってくれた。赤司さんが最後に出て、結局病室に緑間さんと二人きりになってしまった。
一体どこを見ればいいのかと、視線を緑間さんからそらし、自分の布団を見た。


「ストレスを感じない場所にいろ、と俺は言ったが」
「!」
「何故また、ストレスを感じる場所に帰ったんだ」


その声音は心配しているというより、我が子を叱るような、そんな声。叱られたことなんて数回しかないし、よく覚えていないが、静かに震える声は怒っている声だった。


「私は、私は……」
「赤司に迷惑をかけると思って出ていったのだろう?多方……」
「はい 」


メガネのブリッジを指先で押し上げた彼はため息をつき額を抑えた。

私は悪いことはしたと思っていない。むしろ逆だ。赤司さんにこれ以上迷惑がかからないことのほうが大切だった。


「だからと言って何故音信不通になった」
「それ、は」
「言えないか?」
「いえ、あの 携帯を、取り上げられていて」
「は?」
「彼氏に、取られたんです。俺以外と連絡を取らなくていいと」
「そんな理由で、か」


私も緑間さんと同じ意見だ。何故そんなことで携帯を取られなくてはならなかったのか。壊されるよりはマシだったが、あんなに束縛する人だとは思ってなかった。
それから、緑間さんには洗いざらい話した。赤司さんの友人とか、そういうのはとっ払って。一人の医師として、話をさせてもらった。


「私は、友人とルームシェアしていたんです。もちろん同性です」


ルームシェアをするに当たって、約束事をいくつか決めていた。その中に異性を部屋に連れて来ないという約束とプライベートに深く足を突っ込まないこと、という約束があった。


「私には彼氏がいました。でもその友人にはいませんでした。部屋というか、アパートというか、そこに入れるのはダメだということで私はいつもアパートの手前まで送ってもらっていました。その彼とは高校からの付き合いです」


家庭事情のことも、家族が私にはいないこと。親戚のところを点々とたらい回しにされていたこと。両親は私をおいて心中したということも。


「父や母に最後に言われた言葉は家の中でいい子に待っていろ、とだけです。最後の言葉はこれだけ。もちろんいい子にしていました。二人がどこに行ったのか、その当時は全く知りませんでしたし、今思うと家にタッパーに詰まった食べ物がたくさん置いてある時点で、少しおかしいと思いました」


子供がお昼ご飯に食べる分には多かったそれらは全て計算ずくめだった。もちろん、その夜帰ってこなかった両親を思って泣いたし、怖かった。たったの5.6歳児には独りぼっち暗闇で過ごすというのは恐怖でしかなかったのだ。


「三日後、家に警察が来ました。近所の方が連絡を入れてくれたようです。たまたま両親が出ていくところを見ていた方が連絡をしてくれました。家の電気のスイッチに手が届くなんて、子供の小ささでは無理でしたから一日中電気は付けっぱなし、二階へ行く階段の電気はついていなかったので一向に二階に電気がつくことはありませんでしたからおかしいと思ったんでしょうね」


それから両親の搜索が始まり行方がわかったのは半年後。その頃には私は親戚をたらい回しにされ、心はズタズタでした。白骨死体となって見つかった両親は川の中でお陀仏。見つかったのは夏だった。つまり出ていったのは冬。その日に死んでいたとしたら心臓麻痺などで死んだのだろう。ただ、とても深いその川で浮かんで来なかったのは二人の足に自分で付けたであろう無数のコンクリートの塊があったからだ。







prev / next
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -