six 
こんなに広いお風呂に入ったのは何時ぶりだろうか。そんな疑問を持ちながら冷えた体をゆっくりお湯の中に沈める。痺れるような痛みに襲われた。お湯が結構熱いのだ。冷えた体には少し痛い。
浸かってもバシャン、なんて音は聞こえない。水が滴る音も。本当に何も聞こえないのかもしれない。でも、微かに聞こえるかもという希望はある。


「馬鹿、みたい」


死にたがってたのに、今後のこと考えようとしてる。会社はどうしようとか、赤司さんにはどうやってお礼をしようかとか、住む場所はどうしようとか。どうせ、生きててもいいことはないし、死んでしまおうかな。溺死でもいいけれど、赤司さんに迷惑がかかるのは一目瞭然。


「自分の声まで聞こえないのは、辛いなぁ」


縁に手をかけてお湯から体を持ち上げる。最近あまり食欲わかなかったし、無駄な肉が消えたな。備え付けの鏡に自分の姿を写して腹の肉をつまむが案外そこに肉はなく、摘めるのも少しだけ。


「痩せた、かな?」


顔も少しだけ窶れている気がする。もしかしたら、十分に休まなければならなかったのだろうか。明日、朝起きたら耳は治っているだろうか。すぐにこれは治るものなのだろうか。
そんなの聞いても、答える人はいないし、答えられても聞こえないのだからどうしようもない。
扉をあけて浴室から出れば、ぶるりと身体が震えた。やはり、秋の終になってくるとお風呂上がりは辛くなってくるな。


【使ってくれ】


目に付いたカゴの中にはそのメモとタオルと服。下着は今のものを使うしかない。それは仕方ない。
それにしても、赤司さんは本当に世話焼きな人だ。袖を通せば優しい肌触りで、落ち着いた。何故だろう、匂いが好きなのかも……って変態か、私は。


「あの、赤司さん?」


新品だろうかと思われるタオルを頭にかけて明かりを辿れば、キッチンで料理をしている赤司さんの後ろ姿。私の声に気づいてくれたのか笑いかけて、机を指さした。いい匂いが鼻腔をくすぐる。
指をさしている机に向かうとその上にはまた紙。さっきも思ったけれど男の人ってこんなに字が綺麗なものなの。赤司さんの書いたであろう紙にはすごく綺麗な字がこれまた綺麗に並んでいた。


【明日、熱が下がっていれば携帯を買いに行こう?その後に病院にも行く。保険証は持っているだろう?軽くご飯でも食べてテツヤたちが買ってきてくれた風邪薬を呑んで今日は寝なさい。部屋はあの部屋を使ってくれて構わない。何かあれば俺の部屋に来てくれ。夜遅くでも構わない。俺の部屋は君の部屋から出て突き当たりの右の部屋だよ】


こんなにも優しくしてもらったのはいつぶりだろうか。いや、初めてかもしれない。視界が滲んで紙の上に雫が落ちる。ああ、文字が滲んでしまう。
そんなこと思っても止まってくれなくて、頭にかかっているタオルで顔を覆う。


「ふ、ぅっ……く、」
「佐倉さん?泣いてるのかい?」
「ぅう、ぁっ」
「泣かないでくれ。こういう時どうしたらいいのかわからないのだから」


赤司さんにとって私は手のかかる子供のようなものなのだろう。そうでなければこんな事しない。赤の他人を抱きしめて、背中を優しく叩くなんてこと、しない。桃井さんも、妹のように思ってくれたのかもしれない。だから優しかったんだよね。
でも、それでも、この優しさが身に染みて涙が溢れた。


「佐倉さん、俺はね世話焼きなんかじゃないよ」
「ッ……ぅ、ひぅ」
「今日みたいなこと、一度もしたことないさ」
「聞こえ、ないですっ」
「佐倉さん、泣き止んで?」


後頭部をゆっくり押さえられ、引き寄せられる。赤司さんの胸に顔を埋める形になったがそんなの気にならなかった。背中を摩ってくれるその手が優しくて余計に涙が溢れた。


「 ありがとうございます 」


そう言えば離れた体、体温。微笑む赤司さんが離れていく。それが嫌でもう少しと言ってしまいそうな口を閉じる。


「さあ、食べようか」


机の上に並んだ食べ物を指さして椅子を引いてくれた。私のはお粥。赤司さんの前には何も並んでいない。平気なのだろうか。


「あの、食べないんですか?」
【ああ、俺はいいんだ。佐倉さんが食べてるのを見てるだけでいいよ】


携帯の画面をこちらに向ける。
それから肘をついて、私の方を見るものだから恥ずかしくてなかなかスプーンが進まない。こうやって誰かが食事に同行するなんて何時ぶりだろう。なんだか赤司さんの家では懐かしく感じるからすごく自然体で居れる気がする。


「は、恥ずかしい、です」
【いいじゃないか】
「ダメです」


そんな会話をしながら私はお粥を完食して黒子さんと青峰さんが買ってきてくれた薬を飲んだ。歯磨きやトイレ、寝る前に誰だって当たり前にする事を終えるまで赤司さんはずっと座っていて、パソコンを険しい顔で弄っていた。


「お仕事、ですか?」
「ああ、うん」
「あ、それくらいはわかります。アクションも、してくださってますしね」


携帯を取ろうとした手を抑えてキーボードの上に戻す。私のせいで仕事を邪魔するのはあまりにも失礼だ。耳が聞こえないというだけでいちいち迷惑をかけるのは嫌だ。それに、できるならば携帯などを見なくても簡単なことは理解できるように今のうちに慣れたい。いつ治るのかもわからないのだから早い方がいいに決まっている。


「おやすみなさい」
【明日は起こそうか?】
「あー、起きます。自分で頑張って」
【わかった。遅くても構わないよ。幸い明日は】


明日は日曜日だったと思い頭を軽く下げ扉を閉めた。私はいつ死ねるのだろうか。ベッドに潜り込んで布団を頭までかぶったのだった。




I can die if you time to become?
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