「私の名前は、佐倉頼です」
「うん、わかった!じゃあ」
【大きくて黒い人が青峰くんで、私の後ろにいる人がテツくん】
「青峰さん、テツさん?」
「おー、呼んだか?」
わしわしと青峰さんが撫でてくれた。さっきまで難しそうな顔をして睡魔と戦っていた彼。目覚めた時に近寄ってきたけど、声が聞こえないと分かったからかそれからずっとソファに座っていた。首をカク、カク、と揺らしていた。
【黒子テツヤです】
パッと携帯が目の前に出されて情けない声を出してしまった。桃井さんの後ろにいると思ったらいつの間にか隣に立っているものだから驚いたのだ。
「佐倉頼、です。あの……赤司さんは」
「ああ、赤司?風呂だ、風呂。濡れちまったからな」
「え?」
「青峰くん、聞こえてないってば!」
何かを言ってくれてるのに、それが聞き取れないのがとてももどかしい。今まで、と言うか聞こえているのが普通だったのだから仕方ないと思う。だから口を見ても全く何を言っているのかわからないし、不自由だ。
というか、さっきから話す度に頭痛がする。少しばかり吐き気も。
「どうしたの?」
「おい、気持ちわりぃのか」
「あ、青峰くん!桶か袋を持ってきてください
早く!」
「吐きそう、です」
口元を押さえ、前かがみになる。でも、ベッドを汚したくなくて、立ち上がろうとしたら桃井さんが私の肩を押さえた。
「ダメだよ、危ない!」
黒子さんが背中を摩ってくれたが、それでも気持ちが悪くて。
吐いたことなんて今まであまり経験したことがなくて慣れない苦しみに視界が涙で滲んだ。唾を飲み込んでも飲み込んでも気持ちが悪い、それでも人前では吐きたくないというなけなしのプライドで、堪えた。桶を持ってきてくれた青峰さんは黒子さんに何やら言われて部屋から出ていってしまった。
【落ち着いた?】
その文字にうなづく。ニコリと笑った桃井さんと目が合う。優しく抱きしめられ背中を摩られ。母がいればこんな感じなのかと思った。心配して、何を言っているのかわからないが耳元で何かを彼女は言ってくれていた。
「大丈夫。大丈夫……」
こんな見ず知らずの人間に優しくできるのが不思議だ。赤司さんも桃井さんも。黒子さんも青峰さんも。理解できない。自分から面倒ごとに首を突っ込んでいく彼らが。でも、赤司さんの話から思うに彼らが優しい友人なのだろう。
その優しさが今は救いなのか、迷惑なのか、それはわからない。
「ありが、とう」
その後に思い切り泣いて叫んで。それでも全く持って聞こえない耳にイラついて余計に涙が出て、落ち着いた時には髪の毛が濡れて額に張り付いた赤司さんが隣に立っていた。
「あか、し、さん」
「ああ」
「あの、聞こえないんです、何も、かも」
「 ああ」
「赤司さんの、声、も聞こえない」
「 ああ」
「辛くなったら、言えって。言ってくださったのに、すみません」
ああ、そう言ってるんだと思う。ただ、口を開いては閉じて、開いては閉じて。伏せられた目、眉間のシワ、きつく握られた拳。迷惑だと、面倒くさいとおもわれたのだろうか。
「いや、気にするな」
「え?」
「…………」
言ってくれた言葉が聞き取れなくて聞き返せば机の上にある紙とペンを手に取って、そこになにか書き込んだ。紙を見せてくれたその紙には、【気にするな】その文字。
「ごめんなさっ」
「いや、いいんだ」
「赤司くん、会話するときは携帯とかのがいいかも」
「ああ、わかった。今日はいきなり呼び出して済まなかった、桃井」
「ううん、大丈夫。また何かあったら呼んで。今日はもう遅いしお暇させてもらうね。袋に薬入ってるし、お粥でも作って食べさせてあげて?何なら大ちゃん置いてくけど……」
一体桃井さんが何を言っているのかわからないが、鞄を腕にかけてコートを着ようとしているため帰宅するのだと思う。
「いや、もう遅い。自分でできることはするよ。本当に今日はありがとう」
結局私に手を振って桃井さんは帰っていった。それに続いて黒子さんも。青峰さんは赤司さんに何かを言って彼の背中を叩いて笑っていた。随分豪快に笑う人。初めは大きいし、黒いし、目つき悪いしで印象が怖い、なんていうものを持っていたけれどあの笑顔を見ればそんなことないかも、と思えてしまうあたり、私は現金な奴なのだ。
「佐倉、またな」
こうやって彼も手を振って笑ってくれるのだから優しいと思えるのかもしれない。
最後には私の名前を呼んでくれた気がする。
I met people, was very friendly people.
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