思い出だけが手の中に


あの頃が、懐かしいよ。
目の前で辛そうに笑ってる人を私は知っているはずだった。
1冊の日記帳全てに彼の名前は登場している。『夜久衛輔』くんだ。男の子にしては小柄で、でもバレー部に入っていてそこでのポジションはリベロだとか。そういうことが沢山書かれていた。そう、今の私が知らないことが沢山書かれているんだ。写真だって挟んであった。でもそれでも私は彼を知らない。

「ごめん、なさい」
「お前は悪くないよ」

ーでも流石に二回目は辛いわ。

高校二年生になった時も、高校三年生になった今も。
私は彼のことを忘れてる。もちろんその彼の周りにいる人だってみんな知らない。
何で私なんだろうと何度も思ったことがある。中学の時は忘れることなんてなかったし、むしろよく記憶していた方だった。それがどうしてこうなってしまったんだろう。

「……ごめんなさい」

−夜久くんに告白!お返事はOKだった!嬉しい!

そんなびっくりマークだらけの1日があった。彼がその夜久くんだとすれば私はどうしてこんな残酷なことをしてしまうのだろうか。
春になれば記憶がなくなる。それが例え去年同じクラスだったのであっても、友人であっても、恋人であっても。

「ごめん、ね……」

友達としてやり直してくれる周りの人。でも、恋人ってやり直せるのだろうか。きっと、やり直せないものなのだろう。
楽しかったであろう思い出はもう取り戻せないのだろう。
ごめんとつぶやくことしか出来ない私と崩れ落ちていく夜久くん。私は彼を支えてあげることができない。手が届く、こんなにも近いところにいるのに、支えてあげる覚悟がない。
もし振り払われたら?そんなことないのに、過ぎってしまえばもう体は思うように動かない。

「なぁ、名前……」
「は、い」
「俺と、また付き合ってくれませんか?」
「……え」
「ありきたりなことしか言えないけど、きっと来年もお前は俺を覚えてない。でもさ、俺は覚えておける。お前が忘れても、俺が覚えてる。思い出なんて作ればいいんだよ。今までのことも全部話すから、だから、」
「私忘れちゃうよ?その度にきっと夜久くんは傷つく。傷つけちゃう」
「わかってるよ」

ああ、あなたの腕の中はとっても懐かしい気がする。
きっとずっとこれから私は彼に守られて生きてしまうのだろう。
そろりそろりと彼を抱きしめ返して涙した。サヨナラの意味を込めて。

「何で……!?何でっ」

次の日、苗字名前はこの世から消えた。耐えきれない申し訳なさ、いたたまれないというその思いの重圧に負けて。

手紙にはごめんなさいという言葉と


『夜久くん、好きよ。好き。ありがとう』


涙で滲んだ文字と二人で笑っている写真が置いてあった。
写真と手紙が手の中でぐしゃりと潰れた。


  ▲
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -