あのぬくもりは過去のもの


どこに、行ってしまったんだろうか。もう、会えなくなって一年にもなる。もう朝おはようと言って抱きしめてキスをしてくれる人はいない。何かあれば迎えに来てくれて、抱きしめてくれたあの人はもう、いない。

「しん、や……」

槙島聖護を撃った後、彼はどこに消えたのか、止められなかった後悔と無理をしすぎていた身体のツケが回ってきてぶっ倒れてしまった私には到底わからないことである。彼のことだ、海を渡りどこかに行ったのだろう。私を置いて、どこかへ。
伸ばした手をとってくれる人などもういない。

「名前さん、どうですか。もう、またこんなに壊しちゃって……怒られちゃいますよ」
「全盛期にまで戻ったよ、朱」
「おめでとうとは言い難いです。無理をしてまですることじゃありません。雛河くんが心配してましたよ」
「雛河くんが?あら、それは大変ね」

ロボットをまたぎ朱の差し出してくれたタオルで汗をぬぐいペットボトルの水を一気に飲む。喉を通っていく冷たい水が体の中に落ちていく感覚を感じた。

「そうですよ、もう」
「部下を心配させるのはダメな上司ね?」
「そこまで言ってません」
「ギノは?」
「相変わらず怒ってますよ。みんな口を揃えて言うのは無理しすぎです、って」

だって、動いてなきゃ、思い出しちゃうのよ。
そんなこと口に出せず、ただ笑うことしか出来なかった。
晩御飯を食べて、朱と笑ってギノと話して。家に帰れば魂が抜けたようにソファに座り込む。家に帰ってくるほうが少なかった。ずっとずっと、慎也のところにいることの方が多かった気がする。

「だめ、ねぇ。シェイクスピアの言う通りだわ。好きになりすぎちゃダメなのよ、愛しすぎちゃダメ。程々じゃないと……長く続かないのよ……想いは続いてるけど私とあなたはもう終わったのね」

次会った時はあなたをこの手で、消さなければならない。できるかできないか、そんなのその時にならないと私にはわからない。けれど、もう元に戻ることはないのでしょうね。私もあなたも新しい道を探して探して、必死に歩いていく。もう交わることのない道を。

「出来るなら、会いたくないわ」

あなたを抱きしめる前にあなたに銃口を向けなくてはならないから。あなたの温もりに触れることなく、殺さなくちゃならない。

もう、戻れない。あなたの胸に飛び込むことはないの。
でもね、ドイツの社会心理学者はこういうの。

ー未熟な愛は言う
「愛してるよ、君が必要だから」と。
成熟した愛は言う
「君が必要だよ、愛してるから」と。ー


「ッ、ふ……ぅあ……ッく」

spinelと書かれた空箱を最後に抱きしめてゴミ箱に捨てた。
ねぇ、慎也あなたを愛してる、心からずっと想ってるわ。でも、でもね、耐えられないから何もかも捨てるの。あなたの温もりも思い出もすべて。あなたが必要と思ってしまうからサヨナラをしましょう。


  
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