5話
スポーツ推薦って面倒くさい。
そう感じ始めた時にようやく決まった所。でもそこからは私にスポーツ推薦が来ていなかった。だから、普通に受験をしなければいけない。別に頭は中の中。要するに普通だ。人に教えるのが得意、ということでもなく、ただただマニュアル通りに教師が言ったことをやるだけ。それだけでも全てとまでは行かないが大体は平均点、またはそれ以上を取れる。だから、頭は普通だ。
「あ、一」
「おー、遅れた。寒かったか?」
「んん、平気」
マフラーをぐるぐる巻にして、耳あてをして、手袋をはめてコートを着て。完全防備な中、手渡したのは紙袋。
「ハッピーバレンタインデー」
「はは、いつもわりぃな」
「こちらこそ。いつもありがとう。それと、高校受かったよ。私東京行くね」
一は驚きはしたものの、そうか、そういうだけで後は何も言ってこなかった。ただ、頭に乗っかったその手がもうこれから乗っからなくなるというのがさみしい。
「う、そ……だろ?」
後ろから聞こえたその声に一が振り返った。一の後ろにいたその人物は最も私がこのことを知られなくなかった人物。
「ッ、及川」
「何でっ!?」
「落ち着つけ」
「行くって!青葉城西に行くって言ったじゃん!なのに、なのに何で!?」
なんでこんなにもコイツは怒っているのだろうか。一しか呼んでなかったのに。この男が来るなんて思ってもいなかった。
一を見ても、知らなかったようだ。肩をつかみ揺すってきた及川の顔は見ていられないほど動揺していて、怒っていた。
「 及川私はね、及川のものじゃないんだよ 」
「は?何言って」
「私は及川を引き立てる道具でもない。ただ周りにいる女の子と同じなら、貴方の隣にいるのは誰でもいいでしょう?」
及川越しに見えた一の顔は一言で言ったら不満そうな顔。今にも丸めた雪が飛んできそうな勢い。一から及川に目を戻すと俯いていて、どんな顔をしているかわからなかった。
そんな中不釣り合いな音楽。
「ごめん」
コートのポケットに入っている携帯に触り電話に出る。
「あ、黒尾?遅いよ連絡。で、受かった?」
『おう、当たり前だろ』
「ホント!やった!じゃあ、これから黒尾と同じ学校だ」
『クラス離れたらなんか嫌だな』
「そう言いながら三年間一緒だったら笑えるね」
−−−−−−−及川side
目の前で楽しそうに会話しているこの子は、俺の前でこんなふうに最近笑っただろうか?否、笑っていない。何故?そんなの、俺にわかるわけが無い。
「え、住むところ?ばあちゃん家」
『……、……?』
「あー、今立て込んでるから後でかけ直すね。名前は気が向いたら呼んだける。え?今?……てつろーさん」
俺の事、名前で呼ばなくなったのっていつからだっけ?
「はいはい。黒尾、またあとで」
中二の夏ぐらいから呼んでくれなくなったんだっけ?電話でも笑えるお前は誰と話しているの?俺の元を離れてお前はどこに行くの?俺を、置いていくの?
「ごめん」
「ねぇ、」
「何」
「何でいつも岩ちゃんなワケ?俺には言ってくれないよね」
俺は#name2#、お前に言ってほしいのに。岩ちゃん伝いじゃなくてお前の口から直接聞きたいのに。お前はいつから俺のことを避けるんだ、嫌うようになったんだ。
サク、と積もった雪を踏みしめ#name2#に近づく。
「言っていいの?理由」
「言えないような内容な訳?」
「及川、怖いって」
「何?」
「 あなたに言ったら面倒なことになるに決まっているから 」
溜息をついてから言われた言葉に絶句する。
ねえ、俺お前になんでそんなに嫌われたんだろう。昔は徹、徹ってうるさく後ろをついてきたのに。
お前はいつから、後ろじゃなくて前に立つようになったの。
「一言、言ってあげる。さようなら」
「ッッッ」
岩ちゃんにはまた、そう言って手を振っている彼女。でも、俺にはさようならって、それは酷いんじゃない?
大声で名前を呼んで手を伸ばしたら岩ちゃんに止められて、その手は虚しく空を切った。