4話

音駒高校に見学に来た。猫又監督は引退中で今は違う人がいるらしい。
説明会は面倒臭くて半分寝てしまった。どこどこに力を入れているから、この部活が、そんなことを一時間も語られたら誰だって退屈だろう。


「母さん、手洗い行ってくる」
「はーい」


母親は昔の担任だという教師と話をしていた。まだまだ時間がかかりそうだったのでこの際、少しだけ、見回ってもいいだろう。中学の時とは違う、知ってる人はいない。周りは全く知らない人。そう考えると及川や一の存在ってすごい大事だったんだと思う。入学当初、一人でなかったのは二人がいたからだ。


「ッッ!」
「おうっ?」


角を曲がった瞬間にぶつかった。ぶつかったのが男だったからか私は跳ね飛ばされて尻餅をついた。及川よりも大きい、だるそうな目元。あいつとは全く違う男。


「わりっ」


手の大きさも違う。でも、できている豆は同じ。


「バレー、してるの?」


別に、野球部かもしれないしバスケ部かもしれない。でも何となく、彼はバレー部じゃないのかな、なんて言う思いがあったからそう言った。
やっぱり、当たった。目を見開いた彼は私に笑いかけてきた。ああ、久しぶりにこういう心からの笑を見た気がする。及川の笑とは全く違う、純粋に笑ってくれている笑。


「何で分かったんだよ。お前もやってんのか?」


伸ばされた大きな手を取る。ゴツゴツしていて硬い手。でも、それは掌だけで指先までは硬くない。及川の手は指先も少し硬かった。


「うん」


腕を引かれ立たせてもらうと、ズボンを払った。その行動を見てもう一度謝った彼。よく見るとセットなのか知らないけど、すごい頭。ツンツンだ。


「そうか!バレー、楽しいよな」


屈託の無いその笑顔。私はこの笑顔を見たかったんだ。誰でもいい。飛雄でも一でも、及川でも。こうやって笑ってバレーって楽しいよな、いいよな、なんて言ってくれたらそれで良かったのかもしれない。


「っうん」
「お前、ここくんの?」
「え?」
「音駒」
「あなたは?」
「俺?入るよ。だって家からも近ぇし、それに」


猫みたいだ。黒猫。


「俺がこの手で全国に導いてやる」


黒尾鉄朗。それが彼の名前だった。うん、決めたよ。本当に決めた。私この学校でいい。彼、黒尾についていく。
別に無理に女バレに入らなくたっていいんだから。男バレに入って、サポートして、一緒に行けばいい。全国という高みへ。


「私も、この学校入るよ。音駒がいい」
「ホントか?じゃあ、同じクラスだといいな。受験、頑張ろうぜ」


持っていた携帯で連絡先を交換した後、二人で少しだけ校内を回った。私は母さんからの電話が来てしまったので先に帰ることになった。


「またな」


そう言ってくれたのが嬉しくて。


「うん、また」


そう返したときはきっと、笑顔だったと思う。

一に報告だ。本格的に勉強しよう。推薦もそうだけど、推薦にすがっていたせいで全くと言っていいほど勉強していない。受験してきた子に負けてしまっては面目ない。
しかし、一は何と言ってくれるだろうか。


黒尾鉄朗、とアプリの中に入っている名前を見て顔がニヤケた
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